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関西外大のあゆみ
- 1945年11月 (昭和20年)
- 谷本昇・多加子夫妻が私財で大阪市東住吉区に谷本英学院を創立。
11月11日を創立記念日とする。
- 1947年 4月 (昭和22年)
- 関西外国語学校を開設。
- 1953年 4月 (昭和28年)
- 関西外国語短期大学を大阪市住吉区万代に開設、米英語科を置く。
- 1960年 4月 (昭和35年)
- 関西外国語短期大学に第2部を設置。
- 1966年 4月 (昭和41年)
- 関西外国語大学を枚方市北片鉾町に開設、外国語学部に英米語学科、スペイン語学科を置く。同時に短期大学(第1部)も置き、片鉾、万代両学舎となる。
大学本部を万代から移転。
- 1968年 8月 (昭和43年)
- 米国アーカンソー大学の教授、学生19人を招き、国際交流の道を開く。
- 1971年 8月 (昭和46年)
- 単位互換に基づく米国大学との交換留学制度が発足。
- 1972年 4月 (昭和47年)
- 国際文化研究所 (The Intercultural Research Institute)を設立。
- 1972年 6月 (昭和47年)
- アジア研究プログラムを開講、米国ウィスコンシン大学教授団20余人が受講。以後、各国大学から留学生を受け入れる。
- 1973年 4月 (昭和48年)
- 大学院外国語学研究科英語学専攻修士課程を開設。
- 1976年 4月 (昭和51年)
- 大学院外国語学研究科に言語文化専攻を増設。
アジア研究プログラムを留学生別科 (Asian Studies Program)とする。
- 1977年 4月 (昭和52年)
- 関西外大ハワイ校を開設。
- 1979年 4月 (昭和54年)
- 大学院に国公私立外国語大学では最初の博士課程後期を設置。
- 1980年 4月 (昭和55年)
- 関西外大ハワイカレッジ開校。
- 1984年 3月 (昭和59年)
- 枚方市に穂谷学舎完成。万代学舎を移転。万代学舎、31年の歴史を閉じる。
- 1984年 4月 (昭和59年)
- 穂谷学舎開く。
- 1986年 1月 (昭和61年)
- 関西外大ニューイアラ整備計画が発足。
- 1987年 9月 (昭和62年)
- 米国学位留学生 (2年間)3人を派遣。
- 1988年 3月 (昭和63年)
- 片鉾学舎新教室棟、図書館書庫棟が完成。
- 1990年10月 (平成2年)
- 海外単位互換提携大学が100大学となる。
- 1991年12月 (平成3年)
- 穂谷総合グラウンドが完成。
- 1992年 4月 (平成4年)
- 短期大学の名称を「関西外国語大学短期大学部」に変更。
学科名を英米語学科(片鉾学舎)、米英語学科(穂谷学舎)に。
- 1993年 4月 (平成5年)
- 大学院博士課程前期に課題研究コースを新設。
大学、短期大学部にIESプログラムを設ける。
- 1994年 2月 (平成6年)
- 片鉾学舎新図書館棟完成。
- 1994年 4月 (平成6年)
- 大学外国語学部に新カリキュラムを導入。
スペイン語学科にCPEプログラムを新設。
人権教育思想研究所を設置。
- 1995年 3月 (平成7年)
- 片鉾学舎総合体育館が完成。
穂谷学舎国際言語学部教室棟、穂谷第2セミナーハウス完成。
- 1995年 4月 (平成7年)
- 短期大学部に新カリキュラムを導入。
- 1996年 3月 (平成8年)
- 穂谷学舎に国際言語学部本部棟、図書館棟完成。
片鉾学舎に第2国際交流セミナーハウス完成。
- 1996年 4月 (平成8年)
- 穂谷学舎に、国際言語学部国際言語コミュニケーション学科開設。
- 1996年 5月 (平成8年)
- 創学50周年、国際言語学部開設の記念式典に単位互換提携大学を代表して米国、オーストラリアなど 8カ国から21大学の学長ら31人が出席。
- 1998年12月 (平成10年)
- 片鉾学舎を新築・移転する用地としてコマツ工場跡地取得の契約に調印。
- 1999年 3月 (平成11年)
- 海外交換提携大学が200大学となる。
- 1999年 4月 (平成11年)
- 片鉾学舎短期大学部に「昼夜開講制」を導入。
- 2000年 1月 (平成12年)
- 新学舎を中宮学舎と命名。
- 2000年 4月 (平成12年)
- 国際言語学部国際言語コミュニケーション学科のカリキュラムを改定。
短期大学部米英語学科 (穂谷学舎)を国際コミュニケーション学科に変更、カリキュラムを改定。
- 2000年 5月 (平成12年)
- 中宮学舎の新築工事に着手。
- 2001年 12月 (平成13年)
- 中宮学舎が完成。
- 2002年 3月 (平成14年)
- 総合体育館、グラウンドなどを残し、片鉾学舎を中宮学舎に移転。
- 2002年 4月 (平成14年)
- 中宮学舎開く。
留学生別科の学生定員を150人から400人に増員。
- 2002年 10月 (平成14年)
- 国際言語学部国際言語コミュニケーション学科の入学定員を350人から500人に変更 (平成15年度から)申請が認可される。
- 2002年 11月 (平成14年)
- 中宮学舎開学記念式典が、単位互換提携大学関係者ら国内外の1,200人が出席して開かれる。
- 2003年 4月 (平成15年)
- 外国語学部のカリキュラムを9年ぶりに改正、新入生から適用。
- 2003年 7月 (平成15年)
- 大阪府、市の現役教員を対象に「指導力向上講座」「英語コミュニケーションスキルアップ講座」を開講、外国人教員による実践的指導が好評。
- 2003年 9月 (平成15年)
- 教職英語教育センターを設置。
文部科学省の「特色ある大学教育支援プログラム」に本学の「授業方法等の複合的改善による英語教育実践」が採択される。
英米語学科の定員増 (1,070人→1,200人)、スペイン語学科同 (202人→250人)、国際言語学部国際言語コミュニケーション学科の編入学定員増 (70人→100人)が認可される。
- 2004年 4月 (平成16年)
- 外国語学部、国際言語学部、短大部英米語学科のカリキュラムを改定。2004年度入学生から適用。 枚方・池田市教委と小学校の「英語教育活動」についての連携に関する協定書に調印。
- 2004年 9月 (平成16年)
- 穂谷学舎で「e-ラーニングシステム」を導入。
- 2004年 11月 (平成16年)
- 「中国学位留学制度」が発足、上海外国語大学との間で協定書に調印
- 2005年 1月 (平成17年)
- 単位互換提携校が50か国・地域の大台へ。過去5年間で21か国増える。
- 2005年 3月 (平成17年)
- Web登録を中宮学舎でも実施、前年度の穂谷学舎にあわせ全学生の登録が完了。
JR福知山線事故で短大部1年の女子学生が死亡、7人が重軽傷。
- 2005年 4月・6月 (平成17年)
- 大阪府教委、京都府教委と「連携協力に関する協定」を締結。
- 2005年 4月・7月 (平成17年)
- 大学院・大学、短期大学部の「自己点検・評価報告書」を提出。
- 2005年 9月 (平成17年)
- 米・ニューヨーク州立大学オルバニー校と3か年留学・3学位取得プログ ラムを新設することを教授会で承認。
- 2005年 11月 (平成17年)
- 初のホームカミングデーを開催。
- 2006年 2月 (平成18年)
- 中宮学舎で川崎二郎・厚労相、小坂憲次・文科相が出席してタウンミーティングを開催。
- 2006年 3月 (平成18年)
- 短大部英米語学科の夜間主コース生164人が卒業、46年の歴史の幕を閉じる。第2部から合わせた卒業生総数は6301人。大学院・大学、短大部とも基準協会の評価基準に適合、適格。
- 2006年 4月 (平成18年)
- 大学院に実学4コースを新設。
谷本貞人理事長・学長に旭日中綬章。
- 2006年 7月 (平成18年)
- ホームページを刷新し、「ニュース&トピックス」欄を新設するなど、「関西外大のいま」を伝えることに力点を置いた。
- 2006年 7月 (平成18年)
- 文部科学省の「現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代GP)」に本学のプロジェクト「学生人材バンクによる地域国際化の推進――枚方市小中一貫英語教育特区事業への地域人材の投入、学生参加型地域活性化の試み――」が選定された。
- 2006年 11月 (平成18年)
- 穂谷キャンパスに中国文化圏の国・地域との交流の拠点となる「中国交流センター」を設置した。
- 2007年 2月 (平成19年)
- 本学の単位互換・交換提携大学が300校に達した。国・地域の数は50。
- 2007年 4月 (平成19年)
- 谷本貞人前学長が退任し総長に、谷本義高大学学長、谷本榮子短期大学部学長が就任した。
- 2007年 4月 (平成19年)
- 本学の動きを伝える「外大通信」が「THE GAIDAI (外大通信)」と改題、フルカラー化した。
- 2007年 6月 (平成19年)
- 外務省関西担当大使と米、中、韓の在阪総領事を招き、国際シンポジウム「日米中韓で考える大交流時代のあした」(国際文化研究所、毎日新聞社共催)が中宮学舎で開催された。
- 2007年 6月 (平成19年)
- 陸上競技部の清瀬静佳選手(外国語学部3年)が、日本学生陸上競技対校選手権大会の女子三段跳びで初優勝した。
- 2007年 9月 (平成19年)
- 国際言語学部に中国からの交換留学生5人とインターンシップ生1人を初めて受け入れた。
- 2008年 4月 (平成20年)
- 穂谷学舎の短大部国際コミュニケーション学科の募集を停止し、短大部は中宮学舎に一本化した。これに伴い、入学定員を一部変更し、短大部英米語学科を1100人、国際言語学部700人とした。また、短大部に3コース制を導入、カリキュラムを大幅に改定し、必修科目「K.G.C.ベーシックス」が新設された。
- 2008年 4月 (平成20年)
- 「FD委員会」が発足、第1回の委員会を開催した。
- 2008年 4月 (平成20年)
- ブランド戦力の一環として「GO FOR IT!」を合言葉として、地下鉄心斎橋駅でポスターを掲示した。
- 2008年 9月 (平成20年)
- 文部科学省の「質の高い大学教育推進プログラム(教育GP)」に本学の「『ASEAN+3』大学コンソーシアム構想」(大学)と「ファーストステージで学びの進化をカタチに」(短期大学部)の二つが選定された。
- 2008年 10月 (平成20年)
- 谷本貞人前理事長の後任に谷本榮子理事長が就任した。
- 2008年 12月 (平成20年)
- 本学は、2010年度入試から地方試験を実施することを決めた。11月の公募制推薦入試と2月の一般入試前期日程(短大部を除く)で、名古屋・広島・福岡の3か所で行うことにした。
- 2008年 12月 (平成20年)
- 穂谷学舎隣接地に中国からの留学生の宿舎となる「穂谷国際交流セミナーハウス」が完成した。
- 2009年 3月 (平成21年)
- 「高大連携プログラム」の一環として、「語学力向上コース」がスタートした。
- 2009年 3月 (平成21年)
- 「『ASEAN+3』大学コンソーシアム構想」に参加する本学、中国・天津外国語学院、韓国・釜山外国語大学、タイ・バンコク大学、ベトナム国立社会・人文科学大学ホーチミン校の5大学学長が参加し、本学で包括的協定の調印式が行われた。
- 2009年 4月 (平成21年)
- 外国語学部、国際言語学部のカリキュラムを改定し、外国語学部では「国際関係コース」「地域文化コース」「言語コース」の3コース制を導入、国際言語学部では新たに「国際メディア英語コミュニケーションコース」を設けて5コース制とするとともに、3年次生からは7インテンシブ制を導入することにした。
- 2009年 4月 (平成21年)
- 中国での日本語教育と本学との交流に貢献した修剛・天津外国語学院学長に本学では3人目となる名誉博士号を授与した。
- 2009年 5月 (平成21年)
- 新型インフルエンザの感染者が大阪府・兵庫県で発生したことから5月18日(月)から1週間、全学休校とし、留学生別科の修了式も中止した。
- 2009年 7月 (平成21年)
- 文部科学省の「学生支援推進プログラム」に本学短期大学部の「短大・企業・学生の三位一体による支援システムの構築」が採択された。
- 2009年 8月 (平成21年)
- 日中韓の「歌謡」を比較、農耕文化の源流を探る国際シンポジウム「東アジアにおける農耕文化とウタ」が中宮学舎で開催された。
- 2009年 9月 (平成21年)
- 中国・北方工業大学からの初の学位留学生13人が国際言語学部3年次に編入学した。
- 2009年 9月 (平成21年)
- 9月卒業式で留学のため残っていた短大部国際コミュニケーション学科最後の学生が卒業した。
- 2009年 9月 (平成21年)
- 北京の孔子学院本部で「関西外国語大学孔子学院」設立合意書の調印式があり、2009年度中に同学院が穂谷学舎に設立されることが決まった。
- 2009年 10月 (平成21年)
- 将来構想検討委員会の答申に基づく、中・長期ビジョン「関西外大ルネサンス2009」が理事会で承認された。
- 2009年 11月 (平成21年)
- 谷本榮子理事長が、労働行政への貢献により藍綬褒章を受章した。
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