February 26, 2007

グアム島での経験

 今回は、人生第二の分岐点となったグアム島での経験をお話ししましょう。心配する家族や友人を振り切って、何もできない私が生まれて初めて親元を離れ向かった先がグアム大学でした。日本を飛び出したのは晴れたクリスマスの夜中。南の空にオリオン座が明るく輝いていました。今でもオリオン座を見ると、その時のことを思い出します。
 緊張の余り、ほとんど寝ることができませんでした。ホテルの窓から見た、まるで露出オーバーを起こした写真のように眩しい熱帯の海の風景は今でも忘れることができません。不安と期待が混ざった複雑な気持ちって、きっとその時のことを言うのでしょうね。

 ほとんど英語が話せなかった私は、大学の事務局で四苦八苦しながら何とか入寮手続きを済ませることができました。でも、3日後に襲った大型台風と冬休みで空っぽになったキャンパスは、私の不安感に拍車をかけました。必死だった3年間の寮生活も、今から振り返ってみると、淡くなつかしい思い出となっています。人生の先輩たちには申し訳ないのですが、厚かましくも「苦労は買ってでもしろ!」を実践したつもりになっています。

 若かりし頃の苦労を共有しているグアム大学時代の仲間たちも、25年たった今では大学や博物館などの研究者として大活躍中です。毎年調査に出かけるミクロネシアの中継点であるグアム島で、年に一度仲間たちと再会できることが大きな楽しみの一つとなっています。