私は子どもの頃から本が大好きです。小学生の頃、滅茶苦茶張り合っていた男の子(その後東大に行って今どこかの偉いさん)がこれまた滅茶苦茶小難しい本を読む奴でした。朝教室で顔を合わせると、「夏目漱石の『草枕』って読んだ事あるか?僕は面白かったけどね」などと鼻の穴をひくひくさせるわけです。く、悔しい。で、私も読みました。古今東西の「名作」ってのを。トルストイの『戦争と平和』とか、ドストエフスキーの『罪と罰』とか、バルザックの『谷間の百合』とか・・・。しかし、その頃は実のところちっとも面白くなかった。ところが、高校生や大学生になってもう一度読んだら、面白いのですね、これが。本というのは、出合う適齢期があるようです。
子どもの頃とても気に入っていた本は、アーサー・ランサム全集、ケストナーの『飛ぶ教室』や『エーミールと探偵たち』、ブラッドベリの『十月はたそがれの国』『誰かが道をやってくる』。アイザック・アシモフのSFも好きだったし、NFもよく読みました。東洋ものでは『水滸伝』『西遊記』『聊斎志異』など。『南総里見八犬伝』にもわくわくしたし、『平家物語』『太平記』にもはまりました(もちろん現代語訳)。
大学で日本文学(当時は国文学、といいましたが)を専攻し、原文、つまり古文で日本の文学を読むようになりました。『源氏物語』は明石の巻まで原文でたどり着いたものの、息切れがして後は現代語訳に走りました。田辺聖子、瀬戸内寂聴、谷崎潤一郎、与謝野晶子、村山リュウ、円地文子。読みに読んだけれど、『源氏』は私のお気に入りではありません。しかし、『源氏物語』が名作であることには異議無し、です。
大学四年になって卒論を書く時、私は蝉丸のお話を選びました。蝉丸のお話が入っている中古中世近世の説話集、『平家物語』の諸本、謡曲、とにかく最初から最後まで原文で読んで読んで読みまくりました。これが楽しいの何の。何遍読んでも面白い。自分が卒論で取り扱うお話自体もそうですが、その本の全体を読み通すことで、そのお話一つ読んだ時よりもっと面白い世界が見えてくるわけです。
卒論を書いている時、オーケストラの同級生から、「今ごろ卒業論文と関係ない本読んでてええの?」と言われたトールキンの『指輪物語』、今でも何度も読みます。ルグゥィンの『ゲド戦記』、これもそうです。人間は何のために生きるのか。世界とは何なのか。読みながら、考えています。