June 1, 2007

五月五日は何の日?

 カレンダーで見ますと、五月五日は「こどもの日」です。古くは端午の節句と呼ぶこの日、この季節のつき物が、鯉のぼり・鎧兜・武者人形・粽(ちまき)に柏餅などなど。(写真:紙粘土で鯉のぼりを作ってみました。)私の実家では、五月五日には蓬(よもぎ)と菖蒲(しょうぶ)を束ねたものを屋根の上に投げ上げ、お風呂にも入れていました。この年中行事の由来を語る昔話があります。それは「食わず女房」です。

 昔むかしある所に、とてもけちな男がおりました。嫁さんは欲しいけれど、嫁さんに食べさせると米が減る。「物を食わない女房が欲しいもんだ」と常々言っておりました。でも物を食べない女などいるわけがありません。ところがある日、一人の女がこのけちな男の家にやってきて、「嫁にしてくれ」と言うのです。男は大喜びで嫁にしました。女はくるくるとよく働き、ご飯時になっても何も食べません。「これで俺の蔵は米がぎっしり残る」と悦に入っていたのですが、ある日米蔵に入ってみると……あるはずの米がありません。「さてはあの嫁が横流ししたな」。男は気づかぬふりをして嫁さんを見張ることにしました。

 さて、遠くへ出かけると見せかけてこっそり隠れて見ていると、嫁さんは米俵を担いできてぎっしぎっし。全部とぐと大きな釜で炊き始めます。炊き上がるとお握りを幾つも幾つもこさえていきます。そして干し魚を何匹も焼き始めました。「さては俺以外のやつらに食わせるつもりか」と男が腹を立てて見ておりますと、嫁さんは結んだ髪を解きました。なんと、嫁さんの頭の中には大きな口があったのです。嫁さんはおもむろに握り飯と魚を持つと、その口の中にポイポイポイポイ放り込んでみんな食べてしまいました。食べ終わると、髪を結いなおし、何食わぬ顔でせっせと働き始めました。そう、嫁さんは鬼婆だったのです。

 嫁さんの正体を知った男は、外から帰ったふりをして中に入ると、「悪いが里に帰ってくれ」と離縁を切り出しました。「見たなぁ、今まで待っていたが、今度こそお前を食ってやる」と嫁さんは鬼婆の姿に戻って男を引っつかむと風呂桶に放り込み、それを頭の上に載せると風のように山へと駆け出しました。男は生きた心地がしません。どれほど走ったでしょうか、さすがの鬼婆もくたびれて、大きな木の下でひと休みしました。何とか助かりたい、と男が桶の中から見ますと、桶の上に大きな木の枝が張り出していました。男は必死でその枝に飛びついて逃げ出しました。

 それと知らぬ鬼婆は、「ひと休みしたら荷物が軽うなった」とまた走り出しました。山の住処に着いて桶の中を見ますと、食べ物がおりません。怒り狂った鬼婆はもと来た道を駆け戻りました。その速いこと速いこと、一生懸命逃げる男の後ろに迫ります。男は必死で草むらに隠れました。ところが鬼婆は「臭いくさい、蓬の匂いが臭いわい、痛いいたい、菖蒲の刀が痛いわい」と言うばかりで男をどうすることもできません。諦めきれず草むらの周りをぐるぐる回るうちに、蓬の汁が鬼婆につきました。菖蒲の葉が鬼婆の目に刺さりました。とうとう鬼婆は死んで溶けてしまい、男は鬼婆からのがれることができました。
めでたしめでたし。