July 4, 2007

松山文学漫歩

先日、校務の合間を縫って愛媛県松山市を訪ねました。皆さんもご存知のように、松山市にある道後温泉は『万葉集』の時代から知られ、大和朝廷の皆さんが行幸したところです。『伊予国風土記逸文』にも聖徳太子がこの温泉にお出ましになったことが書かれています。古代の皆さんが陸路、海路をどのように進んだか思いを馳せる間も無く、高速道路はどんどん山越え海越え、私を運んで行きます。現代の利器や構造物は、忙しい私にも旅を可能にしてくれますが、昔の人の旅する心をたどるのは難しくなります。

さて、松山では、せっせと歩いていろいろじっくり見て回りました。怪しい喫茶店にももぐりこんで仰天コーヒーも飲みましたし、四国八十八箇所のお寺にもお参りして、ここでも仰天することがありましたが、もちろんメインは日本文学の巨匠たちの足跡を訪ねることです。写真は、夏目漱石が松山で教師をしていた時に下宿していた建物(ただし、火事で焼けたのを再建したもの)です。漱石はここを「愚陀仏庵」と名づけました。漱石が住んでいた頃は周りの木もそんなに茂っていなかったはずですが、 現在は木々も茂り、小暗い感じです。着いた時、年配の女性が二人、俳句手帳を手に苦吟していました。ここは、漱石と仲良しの正岡子規(彼は松山の人、俳句の巨匠)が、一時一緒に住んだ場所でもあります。 
縁側にぼうっと座って二時間くらい風の音や町の響きを聞きながら、改めて漱石の作品を 考える。明瞭な何かが掴めるわけではないけれど、自分の中に何か「意味」が浮かび上がってきます。正岡子規の記念博物館でも半日うろうろしました。いろいろ考える・感じることがありましたが、博物館には風が吹かないのが残念です。