October 15, 2007

さっちゃんのバナナ

怖いお話を一席。
 「さっちゃん」という童謡を知っていますか。「さっちゃんはね、さち子っていうんだほんとはね……」で始まるこの歌の二番は「さっちゃんはね、バナナが大好き……だけどちっちゃいからバナナを半分しかたべられないの、かわいそうね、さっちゃん」、三番は「さっちゃんがね、遠くへ行っちゃうってほんとかな、だけどちっちゃいから僕のこと忘れてしまうだろ、さびしいな、さっちゃん」。この歌には怖い話があります。小さいさっちゃんは大好きなバナナを半分食べかけたまま遊びに出て、車にはねられ足を切断されて死んでしまいました。だから、この歌を三番まで歌ってしまうと、夜さっちゃんがその人の足を取りに来る、だから枕元に本物のバナナかバナナの絵を置いておかなくてはならない、という話。伝承文学の分類では現代的な世間話、都市伝説とも呼ばれる話です。

 童謡「さっちゃん」は、阪田寛夫という著名な詩人の作品です。そしてこの歌にはちゃんとモデルがいます。詩人が通った幼稚園にいた女の子です。しかし、この子はバナナを食べさしたまま死んでなんかいないのです。2006年の朝日新聞の記事によれば、「さっちゃん」ゆかりの幼稚園にこの歌の歌碑が建てられ、その除幕式に詩人の娘とともにモデルとなった元女の子が招かれた、というのです。今や八十歳を越えたおばあちゃんになった「さっちゃん」は、先の怖い話がまるっきり事実無根であることを証明しています。さっちゃんが足を取りに来る必然性はありません。なのに、なぜ、あんな話がまことしやかに語られるのでしょう。
 それはごく簡単に言ってしまえば、多くの人が何となく感じる「違和感」、「小さな疑問」です。「どうしてバナナを半分しか食べられないの?」「遠くへ行くってどこへ?」。そして見出された答えは「不慮の事故で大好きなバナナを半分しか食べられないまま、あの世という遠い所へ行ってしまったかわいそうな小さいさっちゃん」だったのです。ひょっとすると、ひな祭りの歌をわざと「明かりをつけましょ爆弾に♪」と歌うような悪ふざけがきっかけだったかもしれません。しかし、良い子のみんなが何となぁく感じている「違和感」についての腑に落ちる答えとして認識されたために、人々の口から口へ広まっていったのです。

 外国語学部の「文学」の授業では、お話を取り上げています。お話は、人間にとって衣食住とは別の意味で必需品です。無意識のうちに何を、どのように、お話に作り上げて伝承していくのか、それは人間の根源的な問題と関わっているのです。