January 18, 2008

マルタ共和国にとっての“Japan”

 マルタ大学の寮にはスペイン人、イタリア人、ドイツ人、アイルランド人、フランス人など、様々な人種が集まっている。それぞれが愛国心をもち、自分の国を何よりも誇らしく大切に想い、それと同じくらい相手側の国の文化を大切にしようとしてくれる人が多い。日本人は寮に四人しかいないため皆の好奇心をそそるのか、寮生活を過ごすなかで、日本について突然思いがけない質問が飛んでくることがある。初対面のフランスから来た留学生と話していたときだ。「私、日本人だよ」というと
「日本!!!」
と突然彼は興奮し始めた。「日本好きなの?^^」と聞くと「好きなんてものじゃない、惚れ込んでいる」と返ってきた。行ったことはあるのかと聞くと、見事に一度もないそうだ。ならば何故好きなのか?
私が不思議そうな顔をしていると、彼がうっとりした顔で聞いてきた。

「“せいれいのもりびと”って知ってるだろ?」
  
……なんだそれは?
私は首を振った。

私「何、それ?」
彼「ええっ、せいれいのもりびとを知らないの!? 僕、フランスでずっと見てたよ。マルタにも持ってきてるよ、見せようか?!」
私、「あ、もしかしてアニメのこと?」
彼「勿論そうだよ! クレヨンしんちゃんとか、ドラゴンボールとか。僕は子供のときからずっと日本のアニメ見て育ったよ。で、せいれいのもりびとが一番好きなんだ。日本は本当にいいよ。あのコトバ、あのカルチャー、あの独特の雰囲気……。日本へ行くことは、僕の夢の一つなんだ」

 彼の陶酔気味の語りに押されながらも、私はマルタまできて、ここまで日本を好いてくれる人がいることを素直に嬉しいと感じた。彼だけに留まらず、日本のアニメが大好きだ、日本へ行ってみたいという学生は寮内に数多く存在する。先週、マルタの学生を対象に日本と関西外大をテーマにしたプレゼンテーションを行ったが、意外にも日本への派遣を希望する学生が多かった。そして彼らは口々に「日本のアニメが大好きだ」と口にするのだ。私よりもよっぽど詳しい。なると、ワンピースなどはかろうじて分かるとして、聞いたこともないようなアニメの名前をポンポン出してきてくれる。漫画にしてもそうだ。建物や食文化はその国に行かないと味わえないが、映像は国境を越えて、Youtubeなどを通して世界に広がっていく。マルタに来た当初は日本と中国の違いが分からない、マレーシアって何??というアジアの認識の薄さに「日本も中国も韓国も、ここでは全部まとめて“アジア”になっちゃうのか…!」と驚かされたが、アニメや漫画・電化製品・車などによって日本はかなり好印象を持たれていることも事実だ。あるマルタの学生が何を考えたのか、忍術をマルタで習っていたらしい。私は明らかにリスニングを間違えたのだと思って「え、忍術? 柔道の間違いでしょ?」と聞き返すと、「いや、忍術だよ。忍法忍法。日本語も習いたかったんだけど、高いんだよなーこれがまた」。——返す言葉もなかった。マルタ共和国で忍術を習っている若者がいることなど、日本にいたら全く想像もできなかったに違いない…。

 「日本の歴史について、私たちは学校で何も学ばなかった」
とオーストリアから来た女友達が話してきてくれたことがある。スペインでも、ドイツでもそうらしい。「自分の国の歴史のことはしこたま教えられたけど、日本の歴史、アジアの歴史は軽く触ったぐらいで全然知らない。自分で調べたら日本にはものすごく濃い歴史があるのに、全く教えられなかったのが不思議だ」と言う。日本では世界史を通して様々な国の歴史(ヨーロッパを含め)を学んだように思うが、彼女達にとって日本の歴史=原爆のイメージしかないらしい。ヒロシマ、ナガサキの名前はトウキョウ、キョウト、と同じくらいマルタ共和国において広く知れ渡っている。
 私が小さい頃にもっと自分の国を誇りに思えるような歴史を教えられていたら、彼らと同じくらいの愛国心を持って日本を誇れたのかもしれない。しかし私にはよく分からない。もしかしたら私よりも彼らのほうが日本をよく知り、理解し、興味を持っているのではないだろうかと思うときがある。
五年間のマレーシア滞在を経て日本に帰国したとき、私は何人かの友人に「日本のことが好きか?」と聞いたことがある。大抵は「分からない」という返事。おそらく好きか嫌いか、比べる対象がないためだろう。外大にいるせいもあるかもしれないが、むしろ日本から出て海外へ行きたいという漠然とした憧れを持っている子のほうが、圧倒的に多かった。それは大抵、「日本の文化を世界に知ってもらいたい」という愛国心からではなく、ただ単に「日本から出たい、海外経験をしてみたい」という変身願望にも似た自分の欲求を叶えるためだ。
 マルタにきて、4、5人の現地の人に同じ質問をしてみたことがある。「マルタのことは好きか?」。
彼らは穏やかな笑みで、大抵こう返してくれる。

「小さい国だけど、好きだよ」
  
 国民に好かれる国とは何なのか、考えさせられる笑顔だった。