九月中旬に、学会で佐賀に行ってきました。昔話などの伝承を扱う学会です、今回の学会は、昔話などの伝承を現代社会の中でどう捉えるのか、或いは、いかに生かすのか、が主題です。これはとても難しい、でも研究者にとっても伝承者にとっても喫緊の課題です。
ドイツの伝承文学研究者の言葉に、「人間はお話の好きな動物だ」というものがあります。人間はお話の形で真理を語ります。また、お話を聞く人は勿論、語り手にとっても語ること自体が心の旅です。昔話は明るく楽しい話ばかりではありません。例えば継子が継母にいじめられる話。聞き手の子どもは、自分と継子を重ね、苦難に耐えて生きる継子に力をもらうでしょう。そして語り手の大人は、お話を語ることによって自分の中のドロドロしたものを昇華しているのです。実際の生活の中で、ついイライラして子どもに当たってしまう(当たってしまった)自分に代わって、話の中で継母がその罪を背負ってくれている。仏教的な見方をすれば、「懺悔(ざんげ、さんげ)」です。お話が人間を救う、とも言えましょう。
学会中、佐賀民話の会の方々に佐賀市内の伝説地をいくつか案内していただきました。中でも有名な徐福伝説の一部をご紹介しましょう。昔々、徐福は中国の皇帝に命じられて不老不死の薬を探すために日本へやってきました。九州に上陸した徐福一行は、土地が一面葦原でどろどろなので、布1000反を敷き詰めては道を進み、ある村までやってきました。その村の美しい娘と徐福は恋仲になったのですが、徐福には不老不死の薬を探すという使命があります。徐福は娘に「5年だけ待っていてくれ」と頼んだのですが、娘は「50年待っていてくれ」と聞き間違い、絶望して命を絶ってしまいました。死ぬ間際に、「私は観音菩薩となって人々を救います」と願を立て、後に人々は観音さんのお像をおまつりしました。現在も集落の方々が大切にお守りなさっています。ガラスのケースに入っていらっしゃるので写真はあまりはっきりしていませんが、なかなか優しいお顔の像でした。もう一枚の写真は、徐福が見つけた「不老不死の薬草」なのだそうですが・・・