March 13, 2008

通貨とidentity

 マルタの通貨がEUROになった。2008年1月1日からの一斉スタートだった。ようやくそれまでのマルタ通貨(マルタリラ)に慣れたところで、また一から金銭感覚を掴み直さなければならない。
 首都・バレッタにあるシティゲートでは、EURO通貨になる日までのカウントダウンの液晶がずっと置いてあった。マルタの人々がそれをどんな気持ちで見ていたのか。私の周りの人達の反応を見ると、あまりプラスに思う人たちはいなかった。お金が変わるというのはidentityに関わる、と公園で会ったおじさんが話してくれた。
「EUROに変わることでこれから物価が安くなるのか高くなるのか分からない。自分達の生活にどう影響するか分からないので、皆不安を抱えている。何よりも、マルタでは”隠し貯金”を持っている人が多かったから、今政府からそれを全部出せと言われて混乱が起きている」

 突然、マルタリラが使えなくなる。税金がかかってくるような金額の隠し貯金していた人達からすれば、まさに青天の霹靂。キッチンのシンクの下に置いているトマト缶に詰められた巨額のマルタリラ。オーブンに隠しもっていたへそくり(友人談)。それらすべて、申請しなければただの紙くずになってしまうのである。
 銀行に長蛇の列が出来る。並んでいる人達の顔はどれも険しい。「なんでこんなことを」と顔に書かれているような気がする。私も、やっとマルタリラに馴染みが出来たところでまた全部変わってしまうのか、と少し切ない気持ちだった。「identityを吸収されてしまうような感覚」とおじさんが言った。それほど日常で使うものの変化は甚大なものだ。
 マルタリラがEUROに変更になった元旦、私はアメリカにいた。休暇を終えてマルタに帰ってきたとき、驚くほどシビアにEUROに切り替わっていて、ショックを受けた。マルタのことだから、のんびりのんびり替わっていくだろうと構えていたのが間違いだった。スーパーマーケット、バス賃、学校のキャンティーン、自動販売機までもがすべてEURO対応。マルタリラで払うことはもはや不自然になっていたのだ。あまりにも早すぎる。レジで多くの混乱が見られた。可哀相なのはショップ店員である。一月末まではマルタリラの使用も受け付ける、という理由により、ショップ店員は電卓片手にマルタリラにもEUROにも対応しているのだ。
 「ドイツがEUROに変わるときも、相当混乱した」と、ドイツ人の友達が言う。「でもそれに慣れた今となってはすごく楽に感じる。マルタリラがEUROに変わることは、自分にとっては便利だから嬉しい。これからは換金しなくてもいいし、これでやっと自分の金銭感覚で買い物が出来る」
 この混乱は、きっとEUROを使うのが当たり前になるまでの短い期間なのかもしれない。今にマルタリラのことを「そんな通貨を使っていた時代もあったな」と振り返るのかもしれない。そんな大きな変化を迎える時期にマルタにいられたことは嬉しいが、私はあの公園のおじさんが最後に、「国それぞれのオリジナリティを持った通貨で、どうしていけないのかなぁ」と呟いた一言が忘れられない。勿論、そんな単純な問題ではなく、もっと経済的・政治的な理由があることは分かっている。しかしこの混沌としたもやもやな気持ちに、誰が答えをくれるだろうか。
 かろうじてEUROコインにはマルタの十字マークが光っている。しかし新しい紙幣に、マルタの絵柄はない。今までの凝ったデザインではないなんともシンプルな印象のEURO紙幣に、私は勝手にまた、何故だか分からない寂しさを感じるのだった。