May 21, 2008

歴史と文化

 ポーンペイ島の各地に、過去の統治背景からスペイン、ドイツ、日本、アメリカ時代の遺跡がたくさん残されています。州都コロニア周辺には、スペイン時代の砦跡(写真)やドイツ時代のキリスト教会などがあります。
 第一次世界大戦でドイツが敗北し、ドイツの植民地だったミクロネシアの日本委任統治時代が始まり、第二次世界大戦でアメリカに負けるまでのおよそ30年の間、島々の日本化が強化されました。言葉から宗教まで多くの日本文化が持ち込まれたのです。たとえば、日本の小学校が建設されたり、神社が建設されたりしました。「ナミキ通り」や「海岸通り」など今も通りに日本名が残っています。ポーンペイ島の玄関に位置し、港を眼下に望む絶壁のソケースの崖の頂上には、第二次世界大戦時に日本軍が設置したアメリカに対する対岸砲や対空砲やトーチカが点々と見られます。こんな風に、ミクロネシアには、第二次世界大戦の痕跡がたくさん残っています。今は、戦争遺跡として文化財扱いを受け、教育にも活用されています。戦争遺跡を研究する分野は戦跡考古学と呼ばれ、私の研究対象の一つにもなっています。

 日本統治時代の日本語による教育の背景から、今でも多くの年配の人たちは驚くほど流暢な日本語を話します。どういうわけか日本人と血縁関係がないのに、日本名を持った人たちもたくさんいます。マサオさんに、フミオさんに、カズコさんなど。経緯は不明なのですが、名字がキンタロウという人と遭遇したときは、失礼とはいうものの笑いをこらえることができませんでした。
 言葉の中にも日本語がたくさん残っています。現地の人たちの会話に耳を傾けていると、時々日本語の単語が飛び出します。ヒコーキ、ジドウシャ、シャシン、ウンドウカイなどなど。それらが日本語起源と知らなくて話している人たちは、「戦争を知らない子供たち」世代です。
 ミクロネシアの楽しみ方には自然やマリンスポーツなど色々ありますが、人と文化と歴史との触れ合いもお忘れなく。ちょっと得をした気分になれるかも知れませんよ。