自宅から大学へ通うのに、電車・バス・バスと乗り継いでいます。電車の最寄り駅まで15分ほど歩きます。その途中の道沿いに大きな木が何本かあって、毎朝、その木たちに挨拶しながら歩くのです。クスノキ、ケヤキ、エノキ、サクラ、どれも幹は一抱え以上ある大きな木です。この町に住んで四半世紀になりますが、私の子どもたちは幼かった頃に、よくこの木の周りにくるくるまとわりついていたものです。あの頃すでに大きな木たちでしたが、もう少し細かったかな、と思い出します(私のウェストも)。
ヒトはサルから進化した生物である、というのはいわゆる常識(アメリカの一部の州では、聖書に反するので、非常識なのだそうですが)です。サルは木に登るもの、だからヒトも木が当然大好き、私も子どもの頃家の庭や藪の木々(椿の大木はお気に入りだったけれど、陸棲の貝がわらわらと這っていて、特に殻が無いものはちょっと苦手だった)に登って遊んだり、時々落っこちたりしました。しかし、私の子どもたちの日常生活には「木に登る」というのがありませんでした。住宅地の木は管理され、保護され、庭らしい庭の無い我が家には、「登ってもかまわない木」が無かったから。で、幼い私の子どもたちは、大きな木の幹にへばりついたり、木の幹に触りながら歩くのがせいぜいだったのです。そんな子どもたちを思い出し、自分の子ども時代を思い出し、通勤途中の大きな木にそっと触れてみます。そして、「大きな木」が小さな私や子どもたちを惹きつけたことの大切さを思います。
世界各地のさまざまな民族と同様に、日本の人々は木とともに木を尊びながら生きてきました。『星の王子様』では悪い役をふられたバオバブは、西アフリカの人々にとって聖なる樹木です。日本各地に点在する鎮守の森は、カミ様たちが住まう場所です。注連縄(しめなわ)をめぐらせたご神木は、祈る人に力を与えてくれます。峠の一本杉は天狗(山の精霊)の好んで止まる場所ですし、山で「ヤッホー」と叫べば答えるこだまは、漢字で書けば「木霊」。瀬戸内海に浮かぶ大三島にある大山祇(おおやまつみ)神社には、樹齢1000年を越える何本ものクスノキの大木たちが見る人を圧倒します。また、スタジオ・ジブリのアニメ映画に、しばしば大きな木が重要な存在として描かれているのはよく知られています。「天空の城ラピュタ」の巨大な木の種類はちょっと分かりませんが、「となりのトトロ」でトトロの棲む大きな木は明らかに立派なクスノキです。日本に限らず、世界各地の伝承の中にも、木々にまつわるものは数多く、たゆみなく天を目指す枝、深く地に張る根、花の美しさ、葉にみなぎる生命力、実にこもる豊かさ、などなど木々の持つ力は人々の心を支え、生活に寄り添ってきたといえましょう。
本当に「木は偉い」。
写真は、佐賀県のクスノキ。木の大きさは、そばに立っている人と比較して推測してください。この木の根元の洞(うろ)を祠のようにしてお祭りしてあります。土地の人々が木にさまざまな思いを託しその木を尊んできたことを、どうぞ読み取ってください。民間伝承のフィールド調査をしていると、行く先々ですばらしい木とその木を守る人々に出会います。皆さんの身の回りにもきっとさまざまな木が、その中に力を秘めてじっと立っているはずです。