May 9, 2009

昔話「子育て幽霊」

 昔々。ある町に飴を売る店がありました。ある晩、店の主(あるじ)が店を閉めようとしていますと、一人の女の人が水飴を買いにやってきました。店の主に一文銭を渡し、水飴を受け取ると、女の人はすうっと店を出て行きました。次の晩も、女の人はやってきて水飴を買い、一文銭を払って帰っていきました。その次の晩もその次の晩も、女の人はやってきて、同じように水飴を買って帰っていきました。
六日目の晩、女の人はやはり一文銭を出して飴を買いました。店の主が、「また明日も買いに来てくださいませ」と声をかけると、女の人は悲しそうな顔をして、「もうお金が無いので、今夜で終わりです」と答えて出て行きました。不思議に思った店の主がそっとその後をつけて行きました。すると女の人は、ふわふわと歩いて墓場まで行ってふっと姿が見えなくなりました。とても不思議に思った店の主があたりをうかがうと、どこからか赤ちゃんの泣き声が聞こえてきます。飛んで帰った店の主は、他の人たちにも声をかけ、墓場まで戻りました。泣き声を頼りに捜していると、ちょうど一週間ほど前にお産で亡くなった女の人のお墓からその声が聞こえてくるのです。みんなでお墓を掘り返して見ますと、なんと棺の中に女の人の死体と一緒に、生まれて間もない健やかな赤ちゃんがいたのでした。
お産の時に赤ちゃんを産み落とせぬまま死んでしまったお母さん。お墓の中でお腹から出てきた我が子に、お乳をあげることも出来ない。だからお母さんは幽霊になり、冥土の旅の支度にと棺の中に入れてあったお金を持って、赤ちゃんになめさせる水飴を買いに通っていたのです。

このお話は「子育て幽霊」という話型名で知られる、怪談っぽい昔話です。このお話は各地に伝説のスタイルでも分布しており、京都や滋賀県湖北にも「子育て幽霊飴」のお店があります(写真は京都のお店の概観)。そのほか日本各地にこのお話やこの話を由来に持つ飴屋さんがあります。伝承の世界で語られるのは「現実にはありえないこと」です。でも、以前このブログにも書いたように、お話の中にはさまざまな真理や知恵などがあり、語り伝えてきた人々の思いがあります。乳幼児虐待のニュースを見るたびに、我が子のために夜の闇を待って飴買いに出る幽霊を思い出します。この話を語り伝えた人々の思いが、その幽霊の背後に透けて見えるからです。その昔、食べていくのもやっとの家では生まれた赤ちゃんを殺してしまう「間引き」ということも多々ありました。それでも人々は、お産で亡くなった人の我が子を抱くことも出来ない無念を想い、この世に生を受けた幼い子の成長を願って、この話を語ってきたのです。それらの想いや願いは、現代だって同じ事のはずなのですが……。