June 20, 2009

友達作りのコツ

こんにちは!
前回のブログで、今回のブログがアップされるまでには留学中に出会った友達20人に手紙を送ると公言しましたが…今16通まで終わりました!!あとの4通は、友達の住所がわかり次第送ろうと思ってます。ちなみに、手紙には最近生まれた私の姪っ子の写真を入れておいたので、みんなが喜んでくれること間違いなしです☆この可愛すぎる姪っ子が、私の最近の癒しなんです(^-^)

さて、帰国してからもずっと留学関係のお話をさせていただいていましたが、今回も留学についてお話ししたいと思います!
先日、学内でおこなわれる留学説明会の準備のために留学中の事を想いかえしていました。勉強した内容、使ったお金、困ったことや楽しかったことなど、説明会に来てくださる方々が留学というものを具体的にイメージできるようにといろいろ考えていましたが、その中で実際に私も含め、留学仲間みんなが共通して留学前に持っていた不安というものがあった事に気が付きました。それは『現地での生活にすぐ馴染めるかどうか』、つまり『友達がすぐに出来るかどうか』です。私は人見知りはあまりしないほうでしたし、人と出会うことが大好きなので楽しみでもあった友達作りでしたが、やっぱり異国の地で英語を使い友達を作らなければならないということに、多少なりとも不安はありました。周りにも、『何を話していいのかわからない』、『話が続かない』と言って悩んでいる人もたくさんいましたし、これから留学を希望されるみなさんの中にも、同じ思いの方がたくさんいらっしゃると思います。そこで、今日は私なりの友達作りのコツをお教えしたいと思います!

結論から言うと、私は友達作りに成功しました。寮に住んでいた約200人の留学生の友達だけではなく、授業を通してもたくさんの友達が出来ました。今思うとそれは、私の語学力やコミュニケーションスキルのおかげでもありませんでしたし、日本について詳しく知っていたというわけでもありませんでした。ただ、家族が好きで京都が好きで、ピアノやバスケが趣味で、ブライダルに興味があり旅行が大好きな『私』という人間を、みんなが面白いと思ってくれたからです。自分をさらけ出して、自分の好きな事、興味のある事を熱く語る私を人として面白いと興味を持ってもらえたこと、これこそが私の友達作りが成功した理由なんじゃないかと思っています。

だから今、留学前にみなさんにしておいて欲しいことは、『自分の個性を見つけること』です。好きなこと、夢中になっていること、自分の夢や今までの珍しい経験でも何でも結構です。自分らしさを見つけて、それを相手に伝えれば、きっと友達になりたいと思ってもらえるはずです。自分らしい瞬間が、一番輝いてる瞬間でもあると思います!これは誰でも出来ることだと思うので、ぜひ覚えておいてください☆ちなみによく言われている、自分から行動する積極性ももちろん大切だとは思いますし、必ず必要になってくるとは思いますが、苦手な方も多いと思うので、自分探しのように簡単に出来ることから始めてみてはいかがでしょうか?今回のこのブログが、みなさんの役に少しでも立つことが出来たら嬉しいです☆

今後もこのように、留学とはどういうものかという事を私なりに少しずつお伝えできればと思っていますので、みなさん良かったら参考にしてください(^-^)♪

March 2, 2009

感謝

Perthでの留学生活9ヵ月もあっという間に終わってしまい、クリスマス直前の寒い日本に帰ってきました!日本に帰ってきて思うこともたくさんあるのですが、今日はPerthでの生活を振り返ってのお話をしたいと思います。
この9ヵ月間は本当にいつも人に助けられて生きていたなと実感しています。まずは現地の友達。大学の寮で出会った友達は前期後期合わせて200人以上で、もちろんその中でも特に仲が良い友達は限られてはいますが、何か困ったことがあったときに相談できる友達はいつも身の回りに100人以上いてとても心強かったことを覚えています。時には、風邪をひいている私が裸足で歩いていることに対して、母親のように”Put your shoes on!!”と言ってくれる友達もいました(笑) 世界各国のいろいろな文化や生活が入り混じったStudent Villageでも、オーストラリアならではのマイトシップは強く、いつもみんなの絆の強さに感動、そして感謝していました。

次に、日本からいつも支えてくれていた家族。私は周りにくらべて家族と連絡を取る回数がとても少なく、いつも友達に不安にならないのかと聞かれていました。ですが、私の家族のことはやっぱり私が一番知っています!時折母親がくれた、”今○○をしています”という写真付のメールの裏側には、”家族はみんな元気だから心配しないで、志都子はそっちの生活を満喫して下さい”という暖かいメッセージが込められているということや、普段あまり連絡を取ってこない寡黙なお父さんがいつも私のことを考えていたということ。私の出国後に妊娠が発覚した姉は、大変な妊婦生活にもかかわらずこまめに連絡をくれ、出産後も写真をたくさん送ってくれていつも私の帰りを待っていてくれました。この暖かい家族のおかげで私はホームシックになることもなく、勉強や現地での生活を思いっきり満喫できたと思っています。そんな家族に感謝です(^-^)

最後に日本で私の帰りをずっと待っていてくれた日本の友達。正直、出国後は連絡を取る数もだんだん減り、お互い別の生活を別々に過ごしているという感じでした。私には現地にたくさんの友達がいて生活も充実していたので寂しい思いをすることはなかったですし、みんなもそれぞれの生活を楽しんでいると思っていましたが、帰国前に帰国日決定の連絡をした時にはみんなそろって私の帰国を楽しみにしていると言ってくれて、さらには帰国後どこに遊びにいこうかという計画まで立ててくれました。そんな友達がいたからこそ、パースでの生活に終止符をうつのもただ悲しいだけではなくなり、日本に帰ってくるのがとても楽しみに思えました。帰る場所をくれた日本の友達に感謝です☆
新しい環境で新しい人たちと過ごした9ヵ月間、その生活が実現し充実していたのも私を取り巻く全ての人がいてくれたから。このことを身をもって感じられたのも、留学の成果の1つなんだと私は思います。そのような意味でもパースでの生活は今の新しい私の一部分となり、また一生の宝物にもなりました。私を支えてくれたみんなに感謝。ありがとうを伝えたいです☆

March 6, 2008

親切なドイツの人たち

みなさん、こんにちは☆
突然ですが、みなさんは、道や駅など街中で困ったり迷ったりしている人を見かけたら、声をかけることができますか?その人が外国人だった場合はどうですか?
恥ずかしながら、私はできません…。なぜなら、本当に困ってるんかな…とか、もしかしたらもう分かってて何か探してるだけかもしれんし…とか、余計なお世話になるかもしれへんしな…とか、いろいろと考えてしまうからです。外国人の方だったら、まず上手く伝えられへんかもって思ってしまいます。へたれです…;;

 ところが、ここドイツは違うんです!ほんとに親切な人ばっかり!みんなためらいなく話しかけてくれます。私も何度助けてもらったか分かりません。
どっちの方向へ行けばいいか分からず地図をじーっと見ていたときや、一人駅で乗り換えのホームが分からずきょろきょろしていたときなど、「大丈夫?」と声をかけて快く教えてくれたり、初めてテュービンゲンに来た日なんかは、小学生くらいの女の子にバスチケットの買い方を教えてもらいました。

 ほとんどがその時一瞬の出会いですが、時々、少しだけ旅を共にする時もあります。
ケルンの空港から市内の駅までの切符を買うのに券売機でもたもたしていた時、後ろに並んでいた男性が「手伝いましょうか?」と声をかけてくださって、自分の行きたいところを説明すると、「僕も途中まで一緒だから案内するよ」と言ってくれたのです。とても気さくな方で、ケルンのおすすめのお店や博物館などを教えてくれたり、ご自分のことを話してくれたり、とても楽しい時間を過ごせました。そして最後には乗り換えの地下鉄のホームまで連れて行ってくれました。
他にも、特急に乗った時に、指定席ではない席を探してうろうろしていたら、座っていた女の人が「席を探してるの?ここ空いてるからどうぞ」と言ってくれて、一緒に座らせてもらったことがありました。その人はタイ人の方だったのですが、4年前からドイツに来て大学で勉強しているそうで、その流暢なドイツ語に脱帽!またすごく感じの良い方で、お互い留学生ということもあって話も弾み、時間もすぐに過ぎていきました。ちょうどその電車が遅れていて、私が次の乗り換えの電車に間に合わないかもしれないということを話すと、「じゃあ次に車掌さんが来たら、私が聞いてみるわ」と言って、車掌さんに次の可能な乗り換えを聞いてくれて、降りる駅が同じだったので、降りてからも一緒にホームを確認してくれて、最後の
最後まで面倒を見てもらってしまいました。

 ある人のちょっとした一言から、こんな素敵な出会いになるのってすごいことですよね!けど、どうしてドイツの人たちは何のためらいもなく話しかけてくれるのでしょうか?しかも、私なんかどっからどう見てもアジア人なので、ドイツ語も英語も通じないかもしれへんのに!
でも、それが親切心なんですよね。本当に助けてあげたいって思ったら行動できるよなぁ…って改めて実感しました。恥ずかしいとか、間違ったらどうしようとか、私は自分のことしか考えてなかったかも、と思います。それに、あまり困っている人に気付くこと自体ができていなかったので、まずそこが問題…。もっと周りに注意を払わなきゃですね◎

 まだ半分以上、留学生活が残っていますが、こんなにいい出会いができて、とても大切なことを学びました。もう一度会ってお礼することができないかわりに、日本に帰ってから(もちろんドイツででも!)私も何か誰かを助けられるようなことができたら!と思います。

 今回の写真は、助けてもらった人達のおかげでたどり着けた、ミュンヘンの聖母教会、ケルンの大聖堂(世界遺産!)、それから電車で出会ったタイ人の留学生と一緒に撮ったものです☆

February 2, 2008

Learning by Hand

When I was young, among the countless words of wisdom he used to dispense, my father could frequently be heard saying, “If you’re not careful, you might just learn something.” He was a high school English Literature and Communications teacher and was fond of cheerfully encouraging others to, in his words, “apply” themselves in whatever they found interesting. He also taught drama, which may account for the certain flair found within a great number of the nuggets of knowledge he circulated, both at school and home. Circumstances being what they were ? a small town with only one public high school - my sister and I both had our father as a teacher before our graduations. I got a kick out of calling him “Mr. Rylander.”

My father’s retired now, having bought a tattered, broke-down house several years back on a piece of quiet property in the country. He’s good with his hands and is rebuilding the place essentially from scratch. Though the carpentry, plumbing, electrical and stonework are quite time-consuming and labor-intensive, he’s done nearly all of it by himself, learning what he needs to accomplish each task. People ask him when he’s ever going to finish, passing references to the Winchester Mansion (a sprawling, gargantuan California estate built over the course of thirty-odd years by the weapons heiress whom many assumed was utterly out of her mind). However, I recognize his work for what it is: it’s become his hobby.

My hobby this past year has been metal fabrication. It seems I too enjoy working with my hands, and I’ve always wanted to learn how to build motorcycles. They say that you can only do five things to metal in the fabrication process: cut it, bend it, stretch it, shrink it, and join (weld) it. Hiro-san, the man whose shop I’m learning at, taught himself how to fabricate in his younger years, and though he would deny it is an entirely capable teacher. His method of instruction is simple: with the assistance of simple directions and encouragement, anyone with enough time, patience and determination will learn. And though I am still very much the novice fabricator (especially when it comes to welding), this last year I have to admit that I’ve improved. After fifty-some hours, I was even able to make this seat, sliced from a common piece of sheet metal.

If asked twenty years ago whether I predicted I would turn out like my father, I probably would have baulked at the idea. But I do have to admit that he and I are much the same in many ways. Our occupations are the same, as well as our joy of handcrafted work. We have a good relationship and I look forward to spending my summers helping him build his house. This past vacation, it came to me that he had put in approximately 40 years teaching at the high school before deciding to retire. I asked him why he waited so long. He said that what it boiled down to was really quite simple: every year he learned just as much if not more from his students than they did from him. And it was that reciprocal relationship which made heading back to new classes each academic year motivating.

Thinking back to my short time here at KGU, it actually surprises me just how much I’ve had the pleasure of learning from my students. From discussions in literature classes to commentary on Japanese history to present-day world news, the topics that pop up each day offer ample opportunities for me to understand something more from my students. The way I see it, if I can keep up this attitude of not being careful, who knows what I might learn this coming year.

November 27, 2007

Home Stay in Italy

 今回はちょっとした休暇を利用して、イタリア人の友人の家にホームステイした体験を伝えたいと思います。
 イタリア人の彼と実際に出会ったのはこのイタリアの地ではなくて、3年前の春。彼がペルージャ大学から留学生として本学に留学していた時でした。私はまだ1年生で、イタリア語を学び始めた頃で、本学の書店でイタリア語の本を見ていた時に、彼が私に声を掛けてくれたのがきっかけでした。
 私がこのイタリア留学を決意したきっかけの1つでもあることは間違いありません。むしろ彼と出会っていたからこそ、イタリアの大学の中でも今留学中の「ペルージャ外国人大学」に一番関心を持ったのだと思います。
 彼の実家は「Battipaglia」という街で、ナポリの近郊に位置します。また世界遺産の「Paestum」や「アマルフィ海岸」からもとても近い距離にあります。私はペルージャからバスを利用してその街まで行ったのですが、所要時間5時間で着くところを、結局は6時間かかることになりました。日本でならいらいらしていたかもしれませんが、今ではもう電車やバスが遅れることには慣れましたね。
 着くとすでに日は暮れていたので、彼のお母さんの手料理をごちそうしてもらうことになりました。やっぱりイタリアと言えば、パスタですよね!?
 知ってますか!?イタリア料理にはAntipasto、Primo、Secondo、Contorno、Dolce、そして最後にはCaffe’という順番で料理を食します。それに食卓にパンが並べられます。けれども、これらすべてを食べるのには実際に多いので、例えばPrimoのパスタとContornoの野菜の組み合わせで食べたりします。
 この日は彼のお父さん自家製の赤ワインを飲みながら、ペスカトーレという海鮮パスタに鶏肉、そして最後にはCaffe’をご馳走になりました。イタリア人は食後にはcaffe’を飲む習慣があり、基本的にはエスプレッソを好んで飲むようです。

 <洞窟住居>
 4泊5日のホームステイの間に私たちは色々な場所を訪れる機会を得ることができました。その中でも一番感銘を受けた場所が世界遺産にも登録されている「マテーラ」。ここの見所はサッシ地区と呼ばれる岩窟住居で、2000年経った今もなおここに住んでいる人たちがいます。しかしながら、その歴史は平坦な道のりを辿ることはなかったのがこの写真からも伺えるのではないでしょうか!?
 一時は廃墟と化し、人の手から見放される運命にあったこのマテーラ。しかし、こんなにも人の目に強烈に映るインパクトを人は放ってはおけませんでした。そしてこのマテーラは1993年に世界遺産に登録されるとともに、保存、復興が進み、今では世界からこの自然と一体化した洞窟住居を訪れる人が絶えません。

<ピザ作り>
 このホームステイの中で一番の醍醐味がピザ作りでした。ナポリといえばピザで有名ですが、ホームステイ最終日には家族や親族が集まって、自家製ピザを作りました。私はすべての作業を見ているだけでしたが、本場のピザ作りを目の前で勉強することができました。ピザの生地を作る作業から、具材を各自分担して調達、調理し、そして釜に薪を入れ、火を起こし、最後にそこにピザを入れていく。1つ1つの作業を日本では見たことがなかったので、本当に勉強になりました。彼のお母さんに「もうピザの作り方は覚えたでしょ!?これであなたも日本でピザが作れるわね」と言われ、私は「けど、ピザを焼く釜がないんですよね。」と答えると、「釜の代わりにオーブンでも大丈夫」と言われました。もうこれは日本でピザ
作りに挑戦するしかないですよね!?
ナポリのピザは水牛のモッツァレッラチーズを使うのが特徴なのですが、このチーズがまた格別!!私自身ピザの中でもこのナポリのピザが一番好きです。
もしイタリアに来る機会があれば、ピザの食べ比べをしてみるのも面白いかもしれませんね。機会があれば、ピザ作りを学び、ピザ作りにも挑戦してみるのも日本への最高のお土産になること間違いないと思います。

October 11, 2007

「第二の故郷バスクの人々」

私の研究している地域は、スペインとフランスにまたがっている「バスク」という地域です。
ここは、今まで一度も国家として成立したことがないのですが、彼らは自分たちの住んでいるところを「バスク国」と呼んでいます。何故なのでしょうか。
 バスク人は他のスペインの人たちと違った身体的特徴を持っています。例えば、血液型はRhマイナスが多いのですよ。昔は100%だったのかもしれませんが、他の人々との混血も進んだから、現在は20-30%ぐらいだと言われていますが、日本と比べてもこれは非常に高いパーセンテージですよね。またB型が少なくてO型が結構いるらしいです。

 それから頭の形なのですが、やはり他のスペイン人とちょっと形が違って見えます。大きめと言いますか、張って見えるんです。頭蓋骨の形からバスク人はクロマニョン人の変種だと言われたこともありました。これって、進化していないということなんでしょうか???
 また眉毛と目がひっついて、目が奥まっているように見え、顔と鼻と顎が長く感じます。スペイン人というと、背がそれほど高くなく、黒髪、黒い瞳というイメージをお持ちかもしれませんが、バスク人は背が高く、がっしりした体格の人が多く、金髪や栗色の毛、瞳の色もまちまちです。

 気持ちがとってもやさしくて、あまりの親切さに涙が出ることも少なくないんですよ。おしゃべりをするより、黙って、にこにこと見ていてくれて、何かの時にはさっと助けてくれる、日本人の「阿吽の呼吸」じゃないですが、言わなくてもわかってくれるという、とても素敵な人が多いのです。だから、私はバスク人が大好きで、バスクのことを第二の故郷だと思っています。

October 5, 2007

夏の思い出。

こんにちは。今回は夏休みの体験を書きたいと思います。
鳥取県の白兎(はくと)海岸にいきました。大阪から車で3時間半ほどでした。海岸に到着して、いざ泳ぐぞという時に、なんと大雨が降ってきました。今日は泳がず大阪に帰るしかないのかと思いながら30分ほど待ちました。そしたらなんと、お日様が照ってくるではありませんか。おかげで何とか泳ぐことができると思いながら車から降りて海岸へ向かいました。着替えをすませ、さー泳ぐぞと意気込んだのはよかったのですが、日ごろの運動不足と直射日光で頭痛におそわれました。そんなハプニングがありましたが、ビーチサッカーをしたりして楽しめました。

 お昼ごはんに食べたウニ丼が最高においしかったです。お店の人に近隣の観光名所尋ねると鳥取砂丘とおっしゃったので、鳥取砂丘へ行きました。鳥取砂丘へ着き、車から降りると再び雨が降ってくるじゃありませんか。大急ぎで車に戻りましたが、びしょ濡れでした。そんなこんなで、なんとか大阪に帰ってこれたのでした。
 数日後に京都の宇治に行ってきました。宇治川花火大会は初めて見ました。とてもきれいでした。そして、初めて鵜飼を見ました。鵜飼とは鵜を飼いならして、鮎などをとることです。盆踊りもあり、全国各地の踊りを見ることができました。

 こんな感じで、学生生活最後の夏休みを過ごしています。受験生の皆さんは、志望校選び、受験勉強、オープンキャンパスへの参加など大忙しだと思います。
最後に私がこの夏に出会った一言を紹介したいと思います。「兄弟よ、夢の翼を休めるな」。夏休みは十分に時間がある貴重な期間ですので、有意義にお過ごしください。
 それでは、次回までごきげんよう☆

September 20, 2007

友人との再会

この5月、私のスペイン滞在時に、バルセロナでピソ(アパート)をシェアしてた友人マルガが、15年来の夢を叶え、初来日しました。
マルガは、大学で美術史を専攻し、今はバルセロナ郊外のブラネスという町で小学校の先生をしています。旦那さんのグスターボ(同右)は、国立水産研究所の職員です。スペインの南極観測船にも乗った経験があるんですよ。今回、二人とも1ヶ月の休みをとって、待望の日本探検へやって来ました。
彼らは、着いた日から毎日、朝から晩まで時間を有意義に使い、数ヶ月前から緻密に準備して来た行程を着々とこなしていきました。いつも行き当たりばったりの旅しかしない私にとっては、「目から鱗」でした。それができたのも、日本の交通事情の良さと宅急便(重い荷物を持たなくて済む様、2日後に着く場所へ荷物を先送り)のお陰だと、彼らは言っていましたが、それ以上に、彼らがタフだという事もあったと思います。

「Lonely Planet Japan」スペイン語版ともう1冊ぶ厚いガイドブック片手に、あとはインターネットの情報のみで、北は仙台・松島から南は九州まで問題なく動けたそうです。それに、「Japan Railway Pass」というすごくリーズナブルな、電車乗り放題のチケットがあり、それを十分に活用した様です。なんと、3週間、新幹線&在来線乗り放題(のぞみ以外)で、約57,000円ですよ。本当に安いですよね!!
残念ながら、このチケットは日本へ観光目的で来る外国人や海外に永住権等を持っている日本人しか使えないんです。
私も、岐阜で彼らと合流し、生まれて初めて長良川の鵜飼い、飛騨高山、世界遺産に登録されている白川郷を観光しました。日本にもまだまだたくさん素敵なところがあるんだなあと、つくづく感じました…。日本人にも、Japan Railway Pass の様な安価なチケットがあれば、もっと気軽に国内を旅行できるのにと思いました。私の場合、たった3日間で、35,000円くらい交通費がかかりました。
また機会があったら、彼らの日本に対する感想なども皆さんにお伝えしたいと思います。

July 5, 2007

カナダでの出会い

カナダで出会えた様々な友達、人々について書きたいと思います。
Vancouverはご存知の方も多いと思いますがアジア系の人々が本当に多いです、特に香港、韓国、台湾から移民として渡ってきた人たちのコミュニティーは大きく、Downtownのいたるところに彼らのコミュニティー、お店などがひしめいています。
僕は穂谷学舎の方で中国語専攻だったのでその中国語は如何なくVancouverで役に立ちました。もちろん僕はまだまだ中国語をぺらぺらに喋れるだけの力はありませんが、些細なところでちょっと中国語が話せるととてもコミュニケーションが円滑になるし、彼らのほうも僕に対して好印象をもってくれてどんどん仲良くなっていきました。英語、中国語、それらを駆使してコミュニケーションをとれるだなんて大学に入学した当初考えもしなかったのにVancouverではそれが当たり前になっていて、外大で学んでいたことが実践的に生かされてるんだと実感しました。

また韓国人の友達は実家に僕や友達を招待してくれて、家族で暖かく僕らを迎えてくれることもありました。みんなとても親日家の人たちで日本の歴史のこと、文化のことも詳しく知っていました、そんな彼らと話しているうちに僕はアジア、中国、韓国に対してあまりにも無知であることを知らされるのでした。不思議なものでVancouverに来てから僕はアジアのことをもっと知らないといけないという思いがどんどん膨らんでいきました。これもVancouverの民族のモザイク社会の特徴なのではないでしょうか。

またカナダのある国立公園の中ではツアーガイドのおじいさんと仲良くもなりました。彼はいかにもカナディアン。フレンドリーなおじいさんで僕を公園中案内してくれただけでなく、夕食まで招待してくれました。更にカナダから出国の際は空港までわざわざ見送りに来てくれもしました、本当に暖かい明るいおじいさんでした。

そのほかにも僕はカナダで本当にたくさんの出会いをしました。そしてそのどれもが僕の留学生活で大切な物となったと思います。留学を一言で言い表すなら「出会い」だと思います。様々なbackgroundで育った人々と会うことで様々な考えが生まれ、様々な感情が生まれます。そしてそんな人々と出会った後、留学を終えた後きっと新しい自分と「出会える」のではないでしょうか。そしてカナダ、Vancouverという土地が僕にたくさんの出会いをあたえてくれたことを心から感謝したいと思います。

写真1:僕以外はみな中国人の友達
写真2:カナディアン、韓国人の友達と
写真3:空港にきてくれたツアーガイドのおじいちゃん

July 4, 2007

とっても幸せな20歳の誕生日

1年間で、大学の友達のメモリーが50人を超えました。
どうも〜、関西外大、穂谷学舎、短大部の清原ですヽ(*⌒∇⌒*)ノ::
クラスが一緒だった、友達の友達、図書館でいつも同じ席を利用しているあの子…
などなど、大学の中には、捉えようと思えば、友達になれるきっかけがたくさんあって、そこから、さらに、恋話に、濃い話、先生の愚痴やら、友達について、将来の夢や、近未来の目標などを、お互いに話したり…したりしなかったり……笑
とりあえず、たくさんの人と1年間関わらせていただきました。これは、2年で友達100人も夢じゃないかも?!笑

大学に入ると、みんな、最初は友達が少なくて、不安に陥っているものです…
私は…
『関西弁が喋れない!ついでに英語も喋れない!』
みたいに考えていて、物凄く、不安とストレスでいっぱいになっていました…
でもね、よく考えてみると、みんな状況は一緒なんだから、みんな不安になってるわけだよね?!
頑張って話しかけてみてください!
絶対に拒否はされません!
その一言から、外大ラブに発展することは…ほとんどないですが♪笑
もしかしたらあるかもしれないしね☆
写真は友達と食べに行った、ハンバーガーです☆ハワイ風だったんですがでかい!とりあえずでかい!外国のものってサイズがやけにでかいような気がするのは気のせいでしょうか…
まぁ、そういうことを、一緒に笑える友達がたくさんいて本当に幸せです♪
何かあるときに支えてくれるのは、
お金でも、自分でも、経験でもなくて、関わっている人!
ですよぉ〜♪

さてさて、私事ですが、5月生まれの清原は、先日誕生日を迎えました☆☆
いくつになったって??
ピチピチの20歳です☆(*´▽`*)
とうとう、大人になりました。
とうとう成人です。
20歳になるにあたって、今住んでいる京都の市役所から、国民年金の手続きの書類が届きました。
20歳になるにあたって、クレジットカードの申し込み用紙が届きました。
いろいろなところで「大人」としてあつかわれるようになりました。沢山のことが自分の意志で決められるようになりました。でも、中身は何も変わってません…!!!子供です☆外見もこの間、また中学生に間違えられました!!…それに、自由と責任は表裏一体であることもいろいろ痛感させられるようにもなりました。

誕生日を迎えて思うことは、人は日付が代わることで大人に変わるんじゃなくて、経験をつむことで、大人に変化するんだ、ということですかね??20歳だから大人なんではない。今までがあるから、大人、になっていくんだと思います☆
友達にケーキもらっちゃったり、ぬいぐるみもらっちゃったり♪とっても幸せな20歳の誕生日でした。
お母さん、お父さん、生んでくれてありがとう☆

2年生前期の授業は、相変わらず、レポート、小テスト、課題に追われて忙しいです。最近、編入ガイダンスというのにでて、自分が何がしたいのかについて明確な目標を持つことができました。
次のところで、外大がどうやって、生徒の夢を応援してくれるのか、編入希望者の立場からお知らせしてみようと思います♪
Thanks ☆☆** v(o^▽^o)v**☆☆ Thanks

January 31, 2007

ホームステイの家族

Host Family
Since I came to Japan mainly to study the language, I thought that I should stay with a host family. With a host family, I would be immersed in the language; something I didn’t think I could find in the seminar houses. When I first went to meet my host family, I was so nervous that when we were introduced, I started to cry!

For the first week, I continued to be nervous. I wanted my host family to like me and I was so scared I’d do something wrong that I hardly spoke at all. My host mother eventually told me that I should relax. I would be living there for almost 4 months and they wanted me to be comfortable.

Slowly I adjusted to living with them, speaking Japanese (or trying to!) to them everyday, and getting to know everyone; my host parents, two sisters, brother, and even the dog!
I have heard that some people weren’t really able to get along with their host families. However, I’ve only had positive experiences with mine. They teach me lots, are friendly and caring, give me freedom, make me feel included and have been nothing but fantastic.
Although originally I planned to find alternate housing for my second semester at Kansai Gaidai, I love my host family so much that I chose to stay with them next semester as well.
For me, having a host family has been worth the sacrifices (like the long commute) and I wouldn’t trade the experience for anything!

January 23, 2007

Host Family

Reflections on living with a Host Family
With the fall semester done, I find myself looking back and reminiscing over the memories of the semester. Many of these are, of course, good times that I’ve had with friends that I’ve made here at Kansai Gaidai from all over the world. Since many of my friends here were only signed up for the fall semester, I’ve had to say a lot of goodbyes to people that I’ve grown really close to over the past four months. Aside from memories with my fellow foreign students, I can’t help but look back on my time with my host family here in Japan.

 When I first moved into homestay, after about a week of living with other students in the Seminar House, I was a bit wary of the change of scenery. For one thing, I was just making friends with the other residents of the seminar house. Also, I wasn’t sure how well I could communicate with them seeing as they didn’t speak very much English, and my Japanese is far from fluent. Finally, I didn’t know if I could deal with a family with three small children (aged 2, 4, and 6). Truthfully, in my first week living with the family, I went to talk to someone in the International Students Office about moving back into the Seminar House with my friends. The lady that I talked to there said that all students have an adjustment period for homestay, and advised me to stick with it for a bit longer.

 In retrospect, I am extremely grateful for these words of advice. Although it certainly would have been easier to move back into the Seminar House and continue speaking English and hanging out with friends, in the end, living with a host family provided me with opportunities I would never have had otherwise, like attending a Shichi-go-san ceremony, taking a trip to Hiroshima, and many more. Also, I got to eat delicious homemade Japanese cooking every night, and play with the children who, I must admit, really grew on me by the end of the semester. My initial fears that I would be isolate from my Seminar House friends were completely unfounded: my family had no problem with me coming back late or hanging out with friends, as long as I called or mailed before dinner.

 I think that doing the homestay in my first semester here in Japan has given me a unique perspective on Japanese family life that many people never get to see. It also increased my Japanese listening ability by leaps and bounds. I am eternally grateful to my host family for making my first semester such a great time.

January 18, 2007

外大の留学生の友達

Probably the hardest thing ever is saying goodbye to those who have share with you four month of your lives.
At the beginning it was lot of people. I asked names and assume they were American. Afterwards I started to have a group of friends and little by little some of them became my friends, my best friends, my everything.
In only four month, those people managed to be a must in my life. Indispensable to go to Osaka. Indispensable to go for a drink or two. Indispensable to go dancing. Indispensable when I was not feeling ok, when I had a problem, when I wanted to share a story with them.
Kansai Gaidai gave us the opportunity to meet, we decided to become friends (or the fate did its job) and now is up to us to keep in contact.
I will not say any name because I do not want to forget anybody…but those who are in my heart, know they are there.

Next semester will be a new start. Same university, same CIE building. But lot of friends are gone, I will not live in Seminar House any more. The apartment is coming, new friends are to be made.
Have fun in the winter break.

If one tells you I am packing…it is a lie, and do not believe them….all my stuff is just chilling in my room, and my unit mates are still next to me. Just deny.

January 18, 2007

Festa di NALALE

イタリアに来て3ヶ月。たってしまいました。3日の間違いじゃないか?!と思うほどです。
12月といえばCHRISTMAS!!!ボローニャの町もルミナリエ!街全体キラキラ☆ウキウキ!12月初めに寮ではFesta di nataleがありました!クジを作ってそのクジに名前が書いてあってその子にプレゼントを買って交換しあい、誰が誰にあげるかは秘密。誰にもらうかも分からない♪食べて飲んでプレゼントあげてもらってみんなで騒いで楽しいFESTAでした♪

▼イタリアのクリスマス
クリスマス当日はDADAちゃん(外大のHOMEVISITプログラムが出会い)の実家にお世話になりました。DADAの実家は南イタリアCastrovillariという小さい街に親戚一同で住んでいます。家には暖炉があり、本物の暖炉を見たことなかった私はとても感動しました。【写真1】
24日のイブの朝はおばあちゃんがvecchiarelleというピザの耳のようなものを作って暖炉で揚げて家族皆でワインを飲みながら団欒。
夜はママが魚メインの料理を作ってくれました。南イタリアの伝統ではクリスマスに25種類の食材を食べるようです。食べるのに夢中で25種類あったか数えるのを忘れました。12時きっかりにシャンパンをあけ、みんなでお祝いしpanettone(イタリアのクリスマスケーキ)を食べてプレゼントを交換しました。

クリスマス当日、ママが朝から生パスタをこしらえ、皆でお昼にいただきました。【写真2】
夜はもちろんVeglione di Natale(クリスマスのパーティー)!友達皆でおしゃれして、DISCOTECAへとお出かけしました♪【写真3】
イタリアのクリスマスは家族と過ごすもの。25日に日付が変わった瞬間「AUGURI!(おめでとう!)」と言ってお祝いしあうので、日本のお正月だな。と思いました。イタリアで初のクリスマスを過ごせてとても貴重な体験でした。

▼留学を目指す皆様へ。
外大には世界各国からの留学生がいます。CIEに通って友達を増やしましょう!世界各国に家ができます☆私は現在イタリアに留学中で、ヨーロッパを旅行するときにお世話になっています!

ではBuon Natale e Felice Anno Nuovo!!!

January 16, 2007

ホームビジットプログラム

こんにちは
関西外大のおかげで、知り合った日本人の家族と様々ことができたので,うれしかったです。
日本にも家族がいるので、よかったですね!!! 初めてホームビジットプログラムのことを聞いた時、日本にも家族がいたらいいと感じていました。そして、このプラグラムに申し込みました。日本人の家族と知り合って、日本でも ”お母さん” と言えるようになったので、幸せです。お母さんだけではなくて、お父さん、兄弟やお祖母ちゃんもいて、日本に大きい家族がいます。週末に行けるうちがあるのも大切だけど、私の考えで一番必要なことは家族を感じることです。今はホームビジットプログラムのおかげで、それを感じられます。

それに、このプラグラムで日本人の生活も自分の目で見えるようになったので、大切だと思います。日本に来て日本語を日本の生活の中で勉強しようと思って、今それをも出来るようになったと思います。それに、色々なことも習うことが出来て、そのうちの子供のように感じているので、よかったでしょう・・・。
大学の寮はとてもきれいで、楽だけど、週末に自分のうちへ行くと感じるのは別の事だと信じています。寮にもお父さんとお母さんがいるけど、家族の中で起きて、一緒に朝食をとることがこのプラグラムで出来ました。これほどいい経験がないと思います。

お母さんと様々なおしゃべりしたり、妹と買い物に行ったり、お祭りへ行って、だんじりを見たり。それに、お父さんに様々なおすしを食べさせていただきました。いままでそんなに楽しくて、大切と感じていた時間がなかったと思います。いい経験でしょう?
今もこのプラグラムに申し込んだ時のように感じています、日本にも家族がいます。o(*^_^*)o

シネムより

December 21, 2006

持つべきものは友!

Ciao!!さてさてさて、もう12月も終わりです。9月の最初の週はもう1,2ヶ月もいるみたいーっとすごく長く感じられましたが、最近では月日がたつのが早く感じられ、こうやって過ぎていったら本当に1年なんてあっという間に終わってしまう!と焦り気味。

ボローニャ大学は、留学生のためのイタリア語講座は1ヶ月だけ!なんて不親切!て思っても私立じゃないから、ここはイタリアだから仕方ない。
そして10月から始まりました。レギュラーの授業。もちろん全部イタリア語! 日常会話もままならないまま、専門分野に突入! 他の留学生は自分の専門の科目をここボローニャで専攻しているけど、私たち関西外大生の専攻は「英語」もしくは「スペイン語」がメインとなります。私はこっちで「歴史」を勉強しています。が!「歴史」を勉強したのは、高校生時、世界史の時間と外大ではMR.SWINGLEの「HISTORY」だけ。知識がないだけ本当に困る。試験はほぼオーラル。しかし、授業によっては英語の教科書で英語でレポートを書いてもいいクラスもあるらしい。(残念ながらわたしのクラスではない。)
授業は大変だけど、ここでは本当に友達の大切さに気づかされる。私は関西外大のHOME VISIT PROGRAM(外国人留学生に日本の家庭の“ぬくもり”を伝えるためのプログラム)で会ったイタリア人の女の子DADAにものすごく助けられてます。

もしイタリアに留学したいのなら、スペイン人と友達になることを薦めます!(もちろん一番いいのはイタリア人の友達を作ることだけど)実際に私の周りはほとんどスペイン人です。なぜなら!スペイン人は本当に英語話せない! よって、イタリア語を絶対話さなければいけない。それもスペイン人はやさしいし、暖かく一緒にいて本当に楽しい♪ この間も皆でFIRENZEまで遠足して来ました! ボローニャからたったの1時間半でいけちゃうのです。魅力的でしょ? 雨が降ってたけど友達と一緒だったしやっぱり美しい街でした! 持つべきものは友です!