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留学までの道のり

JAPAN

JAPAN Aug. 02. 2015

飯沼こうき

初めまして、外国語学部英米語学科3年生の飯沼こうきです。初めての投稿なので、まずは自己紹介をしますので、気軽に読んでください。

僕は近江の国、滋賀県湖南市出身の「しがんちゅ*」です。小中高と10年間野球をやってきて、外大に入るまでは海外とか留学には全く無縁のただの野球少年でした。そんな滋賀の野球少年だった僕が、大学に入ってから今まで何をしてきたのかを簡単にまとめたのが、以下のストーリーです。

 あれは入学式直後でした。友達の知人である女子(日本人)にいきなり英語で話しかけられ「なんだこいつは!!?」と思いました。彼女は必修英語のクラスが1番上のESといわれるクラスの新入生でした。ESクラスの学生はすごい世界に住んでいるんだなー、と当時18歳の僕は思いました。でも彼女の英語は本当に上手でした。初回の授業では英語で自己紹介することになったのですが、クラスの7割ほどが高校での長期留学経験者で、また「なんだこいつらは!!?」と思いました。その日の夜、自分の力の無さに落ち込みましたが「今、力がないということは、逆に自分の伸びしろはまだまだある」とポジティブに考え、自分の能力、つまり個を高めることが大切だと気付きました。次の日の夜、野球部の監督が言っていた、1年生が終わった時にどうなっていたいかという「結果目標」と「そのためには何をするべきか」というプロセスを考えました。そこで、学年末の12月にはクラスメートに追いついてみせると決心しました。

翌年の春、2年生になった僕はESの教室に座っていました。セミナーハウスにレジデントアシスタントとして住んでいたこともあり、入学時に比べると自分の英語力に多少の自信がつき、会話面での不自由さも少なくなっていました。その教室には入学式の日、僕に英語で話しかけてきたあの女子もいましたし、同い年なのに背が高くてひげの生えた男子など、バラエティーに富んだ面々が集まっていました。まあ、特に驚くこともなかったのですが、初回の授業でいきなり、先生の「おまえらビシビシしごくから覚悟しておけよ」(英語で)と野球部の監督すら言わなかったようなセリフを耳にし、そこでまた僕は「なんだこの人は!!??」と思いました。こうして激動の2学年が始まったのです。

時は流れ、留学選考、留学準備コースを無事通り抜け、学位留学生となった僕は今、外大の図書館2階でこのブログを書いています**。出発を2週間後に控えていますが、不思議と不安はありません。関西外大を進学先に考えている高校生がおられたら、ぜひおすすめします。関西外大は、自分の努力次第で「結果につなげていける大学」だと思います。つまり、自分の「伸びしろ」を自分次第でいくらでも伸ばしていけるということです。最後まで読んでいただきありがとうございました。次回はアメリカからの発信になります。

飯沼こうき

 

*しがんちゅ:筆者の造語で滋賀県人を意味する。沖縄方言「うみんちゅ(海人;漁業など海の仕事に従事している人の意味)」から考案

**このブログ記事は2015730日に投稿

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飯沼こうき

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