IRI公開講座「見えない『わたしたち』―マイノリティからみる歴史・地域・共生の姿―」開く

 国際文化研究所(IRI)の第6回IRI言語・文化コロキアム公開講座「見えない『わたしたち』―マイノリティからみる歴史・地域・共生の姿―」が1月25日、中宮キャンパスのICCホールで開かれました。黒田景子・鹿児島大学教授、新江利彦・鹿児島大学特任准教授、石井由香・静岡県立大学教授の3氏がマレーシア、オーストラリアのマイノリティ(少数派)の現状や中国・ベトナム―日本間の結婚に伴う移住事例などをテーマに講演した後、野村亨IRI所長(外国語学部教授)の司会でパネルディスカッションを行いました。

■黒田景子・鹿児島大学教授「私たちの歴史がほしい:マレーシアのシャム語話者ムスリムたち」


▲黒田景子・鹿児島大学教授

 黒田教授は、タイ国境地域に居住するマレーシア北部のムスリム(イスラム教信者)の歴史と現状について話しました。この地域の人々はマレー半島北部の南タイから移住した農民の末裔などであるため、タイ南部方言のシャム語を話すが、イスラム教を国教と定め、マレー語を国語とする多民族国家マレーシアにおいては、かつて「不真面目なムスリム」など差別的に呼ばれたといいます。

 また、この地域の人々は、公的な歴史書に自分たちに関する情報の掲載がないことに不満をもち、「自分たちは何者か」との疑問を募らせ、ネットを介して自らの正統性を主張する根拠のない説が拡散。黒田教授は、その背景には、マジョリティとマイノリティの関係をもたらした国家や教育のありようがあるとして、「史料についての無知を指摘するだけでなく、なぜそのような解釈をしたいのかという現代的な意味を考慮する必要がある」と指摘しました。

■新江利彦・鹿児島大学特任准教授「三つの結婚移民事例―八世紀、十七世紀、二十世紀に中国・ベトナムから日本へ移住した人々―」


▲新江利彦・鹿児島大学特任准教授

 新江准教授は、8世紀に朝廷から唐に派遣された外交官藤原清河(きよかわ)と唐の貴婦人との結婚、17世紀の長崎の商人・荒木宗太郎とベトナム王侯の娘との結婚、現代の漫画「天使の分け前」(原田梨花作)に描かれる日本人船乗りと中国系ベトナム人妻の結婚と日本への移住事例を紹介しました。藤原清河は唐土で没し、その娘が日本に帰国するが、佐渡に流刑になったともいわれ、長崎の祭り「長崎くんち」でその結婚が再現されている荒木夫妻は江戸時代鎖国下の長崎で暮らし、漫画の夫婦は太平洋戦争などの影響でベトナム語を話せない環境で生きるなど、それぞれ苦難を伴った生活を送りました。

 新江准教授は、「古来、日系外国人を倭種(やまとうじ)と呼ぶことがあるが、倭種は特に日本側に立って外交・諜報活動に従事した者を指したことも。倭種として生きることは、生きづらさを伴い、差別を避けてひっそりと暮らさざるを得ないケースもあった」と話しました。

■石井由香・静岡県立大学教授「多文化社会オーストラリアで『アジア系オーストラリア人』であること」


▲石井由香・静岡県立大学教授

 石井教授は、豪州への移民の歴史を振り返り、アジア系オーストラリア人が2016年で人口の10%強を占め、増加傾向にあることなどを紹介。それに伴い、かつての白豪主義から1970年代に多文化主義に移行するが、当初の福祉主義的多文化主義が80年代以降は、国益を重視した経済主義的多文化主義へと「多文化共生」から「多文化競生」になったと述べました。

 その上で、根強い差別や排斥の動きもあるなかで、アジア系オーストラリア人が経済的地位だけでなく政治的・社会的地位を求める働きかけも強めているとして、華人系カンボジア人の移民による文学作品が注目を集めていることを例に、アジア系オーストラリア人のアイデンティティ構築が試みられていると説明しました。

 この後、会場の聴講者から寄せられた質問に回答する形で、パネルディスカッションを行いました。野村教授は「いずれも我々自身が関わっていかざるを得ない問題。共生社会にどのように関わっていくべきなのか一人一人が考える機会になった」と話しました。


▲パネルディスカッションをする3氏と司会の野村亨教授
 
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