「食と文化」テーマに 研究論集100号記念の連続講演会


▲市民ら約100人が訪れた連続講演会

本学の『研究論集』第100号記念号が発刊されたのを機に11月8日、中宮キャンパスのICCホールで、刊行記念連続講演会が開かれた。市民や教員、学生ら約100人が訪れ、秋にふさわしい「食と文化」をテーマにした研究者2人の語り口に引き込まれた。
 

▲紅茶文化の秘話を語る川北稔教授

講師は佛教大学歴史学部歴史学科の川北稔教授と神戸大学大学院人文研究科の宮下規久朗教授。川北教授は『紅茶文化の裏表――国民文化史上のイギリスとアメリカ』と題し、紅茶の国・イギリスとコーヒーの国・アメリカに分かれた理由は何か、隠された歴史を語った。宮下教授は『食と西洋美術』のテーマで、絵画に描かれた食べ物の意味を歴史に沿って読み解く一方、日本画では貴重な食がテーマの作品にも言及した。
 

▲宮下規久朗教授は食の観点から西洋美術を分析した

イギリスの紅茶文化はアメリカで定着せず、コーヒーの国になった――川北教授は、その理由を歴史的背景から説き起こした。入植を始めた当時のイギリス人にとってアメリカは、森林に覆われ、先住民や見知らぬ動物が厳しい気候の中で暮らす未知の土地だった。移民は、決して意気揚々と開拓者精神に満ちあふれたものではなかったといい、「この点で、日本の高校などで教わる歴史は間違ったイメージを伝えている」とずばり切り込んだ。
 
ピルグリムファーザーズがメイフラワー号に乗ってアメリカに渡ったのも、日本では「自由を求めて渡航した」と伝えられるが、ほとんどは定住できずに帰国したという。また、アメリカへの移民の大半は、貧困層や死刑判決を受けた犯罪人、孤児らだった。「4年間言いなりになって働きます」などの文面の証文(契約書)を示し、川北教授は「この内容から、その実態をうかがい知ることができる」と述べた。
 
彼らが抱いていた希望は、アメリカで成功し、イギリスの上流階級の真似ができるようになること。紅茶文化もその一つだった。産業革命当時のイギリスで紅茶が上流階級に定着すると、アメリカでも紅茶を飲む習慣が瞬く間に拡大。お茶とともに、カップやソーサーなども本国から輸入。生活文化のイギリス化が浸透していった。
 
ところが、イギリスではフランスとの戦争が断続的に続き、その戦費負担は財政難をもたらした。解決策を植民地への課税強化に求めたが、印紙法はボイコットによって1766年に廃止。結局、課税の対象はお茶しかなくなったのだ。これに反発するアメリカ人の意識は、目標がイギリスの上流階級から大きく転換。突然、お茶が敵になり価値観が逆転したというのが歴史の真相という。
 
一方、イギリスでは産業革命により、労働時間という観念が生まれた。それまで、農民は朝からビールの一種・エールを飲み、自分の判断で働く時間を決めていた。酔いの状況を自分で見極めて働いていたのだが、時間に縛られた一般労働者は朝からアルコール飲料を摂るわけにはいかない。そのころ、紅茶に砂糖を入れて飲む習慣が広まっていた。一般の民衆も必要に迫られ、同時にその方が安上がりだったため、紅茶を飲む文化が上流階級と一般民衆の壁を超えて定着した、と川北教授は指摘した。

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宮下教授の専攻はイタリア美術史。西洋の名画を読み解くと同時に、食にこだわる鋭い観察力が持ち味だ。西洋画には食事中の描画や食べ物をモチーフにした静物画が多く、日本や中国で食をテーマとした作品が極めて少ないのとは対照的。今回の講演は、これがなぜかということから始まった。


▲ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」について語る宮下教授
 
象徴的なのは、「最後の晩餐」。宮下教授によると、パンはキリストの体、ワインは血を表わすことで、食事が神聖な行事に結びついた。さらには、「よい食事」として食前の祈りや慈善(施し)をモチーフにした作品がある一方、「悪い食事」としてどんちゃん騒ぎを描いた絵画を例示した。
 
こうした絵画における食の持つ宗教的意味合いはしばらく続いたが、16世紀末のイタリア画家、アンニーバレ・カラッチの「豆を食べる男」の映像を示し、「この絵に象徴されるように、この時期に宗教的教訓が払拭された」と述べた。また、日本でも唯一、16世紀に狩野元信が描いた「酒飯論絵巻」に厨房も含めて、食事の光景が克明に描かれていることを紹介した。
 

▲講師の語り口に引き込まれた講演会参加者たち

静物画に登場する食材では、果物と海産物が“2大スター”で、庶民の欲望を反映した絵画がもてはやされた。ゴヤやモネが肉そのものを描いたり、レンブラントが皮を剥がれた牛を題材にしたり、マネも食材をよく描いているという。近代美術では、食が「よい、悪い」の範疇から離れ、単に社交や孤独、理性など象徴するテーマになった。写真作品の例も挙げたうえで、宮下教授は「食べ物を扱った作品から、芸術のあり方が見えてくる」と、絵画などを鑑賞する角度の重要な意味を示唆した。
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