第5回IRI言語・文化研究フォーラム開催 坂本信幸氏が「万葉集の魅力-柿本人麻呂の泣血哀慟歌-」と題し講演 研究発表は17件

 第5回国際文化研究所(IRI)言語・文化研究フォーラムが2月14、15日の両日、中宮キャンパスで開かれました。初日はマルチメディアホールで公開講座の記念講演が行われ、奈良女子大学名誉教授、高岡市万葉歴史館(富山県)館長の坂本信幸氏が「万葉集の魅力-柿本人麻呂の泣血哀慟歌-」と題して話しました。2日目はICCで研究発表があり、ICCホールでの開会式に続き、4教室に分かれて17件の発表が行われました。


▲柿本人麻呂の泣血哀慟歌について語る坂本信幸氏

 坂本氏は、万葉集を代表する歌人、柿本人麻呂の歌のうち、人の死に関する「挽歌(ばんか)」の中でも文字通り、血の涙が出るほど嘆き悲しんで歌ったとされる「泣血哀慟歌(きゅうけつあいどうか)」を中心に語りました。

 人麻呂の泣血哀慟歌は巻2にある長歌と短歌を組み合わせた2組で、現在の奈良県橿原市にあった軽(かる)の市(いち)の付近に住んでいたとされる妻が亡くなったことを悲しむ内容。

 最初の長歌が「天飛(あまと)ぶや 軽(かる)の道は 我妹子(わぎもこ)が 里にしあれば ねもころに 見まく欲(ほ)しけど 止(や)まず行かば 人目を多み」(軽の道は 妻の住む 里なので 念入りに 見たいとは思うけれど 絶えず行ったら 人の目もあり)で始まるように、二人の仲は人目をはばかるものだったとの見方も。

 坂本氏は長歌の出だしについて、地名・軽の枕詞「天飛(あまと)ぶ」に「や」を付けて5音とし、5音・7音のリズムからなる万葉集の定型化を進めたと、人麻呂の修辞的技巧を指摘しました。

 これを踏まえ、「我妹子(わぎもこ)が 止まず出で見し 軽の市に 我が立ち聞けば」(妻が よく出て見ていた 軽の市に たたずんで耳をすますと)に続く、「玉だすき 畝傍の山に 鳴く鳥の 声も聞こえず」( <玉だすき=畝傍の枕詞> 畝傍の山に 鳴く鳥のように もう声も聞こえず)の4句の解釈に関し、前の3句が「声」の序句とするとらえ方を退け、「万葉集は(五・七の)2句単位で読むべきで、ここは(上の現代語訳のように)実景をよんだもの」と解説しました。

 また、「人麻呂は悲しみを自分のためにだけ歌ったのではない。そこには聴衆がいたはず」と述べ、長歌を「天飛ぶや 軽の道は」で始めた背景として、朝廷関係者に聞かせるために、よく知られた、軽を舞台にした古歌を意識していると説明しました。

 最初の長歌を受けた短歌は2首。そのうちの一首は「もみち葉の 散り行くなへに 玉梓(たまづさ)の 使ひをみれば 逢ひし日思ほゆ」(もみじが 散ってゆくおりに <玉梓の=「使ひ」の枕詞> 使いを見かけると 妻と逢った日のことが思いだされる) (注:長歌では妻の死は使いの者によって知らされる)


▲人麻呂の歌について話す日本文学研究者ドナルド・キーン氏の動画を見る聴衆

 会場では、人麻呂の泣血哀慟歌を評した動画も放映されました。この中で、日本文学研究者のドナルド・キーン氏は「万葉集でどれか一句を選べと言われれば、人麻呂のこの長歌を選ぶ」と高く評価し、日本文学は余韻を重んじるが、この歌には激しい感情が込められているなどと話しました。


▲4つの教室に分かれて行われた研究発表

 一方、研究発表は4教室それぞれで午前と午後の部に分けて行われました。研究発表のテーマと発表者は次の通り(敬称略)。
・「会社内における敬語使用―韓国語を中心にして―」韓恵盛
・「日中存在動詞の文法化について」呉婷
・「中国語『叙述性』主語の文法的位置づけに関する考察」吉田泰謙
・「中国語作文指導の現状と課題」相原里美、葛婧
・「診療談話の語用論―疑問文末に現れる『ね』、『か』、『かね』を中心として」後藤リサ
・「モダライザーとしての不定詞 to の意味論」森田竜斗
・「束縛的モダリティを表す英語(疑似)法助動詞をめぐって」長友俊一郎
・「『語りの when 節』 (narrative when-clause)の意味解釈をめぐって」澤田治美
・「インターンシップの期間・地域・内容と、インターンシップ体験の意味深さとの関係」古田克利
・「Does Practice Make Perfect?」Lucas Dickerson
・「Hand Raising and Willingness  To Talk in the EFL Classroom : A Qualitative Study」Lisa R. Miller
・「多言語社会におけるコード・スイッチングの機能と役割―香港映画『重慶森林Chungking Express』(1994)を一例として」武藤輝昭、岡田広一
・「Historiography on Russian Exploration of the Northern Japanese Territories」Scott C.M. Bailey
・「高度国際職業人につながる小学校教員養成のための初年次教育の研究」塚田泰彦、森田健宏
・「カミヨにおける国語教育 ―アワウタの音声学―」内藤裕子
・「『モジュール型教材の可能性:関西外大中級日本語教科書の開発』実践報告」髙屋敷真人、宮内俊慈
・「留学生が話す日本語会話の誤用・使用調査」鹿浦佳子、田嶋香織、土田恵未
 
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