イベロ研 連続公開講座「外国人労働者との共生」 第2回 本学外国語学部のJakeline Lagones助教

 本学イベロアメリカ研究センター主催2019年連続公開講座「外国人労働者との共生―ラテンアメリカと日本を結ぶきずな―」の第2回講座が11月19日、中宮キャンパスのICCホールで行われました。本学外国語学部のJakeline Lagones助教が「デカセギから移民まで―日本における第1世代と第2世代の日系ペルー人家族の到達点」と題して講演し、参加した一般市民や学生が熱心に聴講しました。講座はスペイン語で行われ、本学外国部学部の柳田玲奈講師が日本語通訳を担当し、鳥塚あゆち助教が司会を務めました。
 

▲Jakeline Lagones助教

 まずはじめに、Lagones助教は「日系人とはかつて日本から海外に移住した人とその子孫のことをさします。デカセギという用語は故郷を離れて一時的に別の地域で働く人を意味しています」と説明。日本人のペルーへの移住と、日系人の日本への移住の歴史について解説しました。

 最初の日本人グループがペルーに移住したのは1889年。1989年には4万5000人以上の日系人がペルーに住み、日系2世や3世には教師や弁護士、医者などの専門職に就く人も多く、ペルーの大統領になったアルベルト・フジモリ氏もその1人です。しかし、1980年代のペルーは不況で失業者が増加。日系ペルー人に日本への渡航を促した要因は「貧困、不平等、失業」ですが、1990年の改正移民法により日系ペルー人3世の日本入国許可が決定的となりました。

 Lagones助教は、自身が2009年と2014年に、日本に住む日系ペルー人家族へのインタビューおよび調査を行った結果を元に、日本における日系移民第1世代について説明しました。リーマンショック(2008年)による世界経済危機のさなかとその後の日系ペルー人家族の経済状況を比較し、日本にとどまるか帰国するかの決定に影響を与えたのは、社会的および経済的側面とそれに関連する配偶者の有無、日本語能力、子供、年齢であることを示しました。


▲熱心に耳を傾ける参加者ら

 続いて、日系移民の第2世代についての解説です。2013年の日本における雇用は、世界経済危機と東日本大震災(2011年)、グローバリゼーションという3つの要因で、危機的状況でした。Lagones助教は、第2世代の性別、出生地、配偶者の有無、年齢、教育、社会扶助の6項目において、工場勤務か否かという視点から分析。第2世代が来日した時点での年齢によって日本語習得の差があるが、克服すべく手段を講じて日本語とスペイン語、もしくはスペイン語と英語を習得して大学進学した人とそうでない人など、さまざまなケースがあることを示しました。「第2世代は第1世代より優れた人的資本であるにも関わらず、第1世代と同じ仕事をしているケースがある。学習困難やいじめ、経済的問題などのために高校を卒業できなかったことなどが考えられる」と話しました。

 
▲質問に答えるJakeline Lagones助教

 また、「第2世代は重要な人的資本ですが、より高い学力を得るために親が投資しなければ活用できない人的資本となります」といい、さらに重要な点は「リーマンショックのさなかに日本政府が失業者に提供した職業訓練を、日系ペルー人第2世代が利用したこと」と言及。世界経済危機以降の日本政府の援助政策は彼らの知識を向上させ、一部の雇用状況も改善したことを説明しました。一方で、日系ペルー人は日本の教育システムと社会的ステイタスの考え方が日本とペルーでは異なることを理解していないと指摘。「彼らは自らの社会的地位をブルーカラーからホワイトカラーに変えたいと思っているのですが、大学のレベルが仕事のレベルを左右するということを認識していませんでした」と話し、講演を終えました。

 活発な質疑応答の後、Lagones助教自ら参加者のために用意したペルーの郷土菓子「アルファホール(アルファフォーレス)」を配布するなど、和やかな雰囲気で第2回の講座が終了しました。


▲ペルーの郷土菓子を配るJakeline Lagones助教


▲司会を務めた鳥塚あゆち・外国語学部助教


▲日本語通訳を担当した柳田玲奈・外国語学部講師
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