イベロ研 連続公開講座「新大陸からの贈物」 第2回はカカオがテーマ チョコレートとチョコラテ

 イベロアメリカ研究センター主催の連続公開講座の第2回講座が11月13日、中宮キャンパスのマルチメディアホールで開催されました。この日のテーマは「チョコレートとチョコラテ―カカオを楽しむ2つの伝統―」。国立民族学博物館の鈴木紀(すずき・もとい)准教授が講義を行い、52人の市民や教職員が聴講しました。

▲講座では鈴木准教授撮影の動画や写真が紹介されました

 鈴木准教授は千葉大助教授、准教授などを経て、2007年から国立民族学博物館(大阪府吹田市)の准教授。専門は開発人類学、ラテンアメリカ文化論です。

▲国立民族学博物館の鈴木紀准教授

 テーマに掲げたカカオは、中南米原産のアオギリ科の植物の果実です。緯度が20度以内の高温多湿の地に生育します。人が利用した起源は古く、メキシコ南部にあったオルメカ文明(紀元前1200年頃~同400年頃)ではすでに用いられていたとみられ、オルメカ文明の後のマヤ文明やアステカ文明では貴重な飲み物として利用されていました。紀元500年頃の土器からカカオ成分が検出されています。また、5~9世紀につくられたとみられるカカオの木が描かれた土器や、カカオの木がモチーフになった神像が出土しています。

▲グアテマラで出土したカカオ神像

 当時のカカオの利用方法は、トウガラシなどで辛味を付け、器から器に移して泡立て、冷たくして飲んでいました。また、栽培できる地が限られることなどから貴重な作物で、貨幣の代わりに用いられ、貢物として納められたりしました。

▲幹に生るカカオポッドと呼ばれるカカオの実。この中の種がカカオ

 カカオが世界に広まるのは、16世紀初頭のコロンブスの航海から。コロンブスはカカオをヨーロッパに持ち帰りますが、当初は興味を持たれませんでした。続いてスペイン人が新大陸に渡り、カカオの利用方法などを見て故国に伝え、16世紀半ばにはマヤ民族がスペインを訪れ、同王室に飲用のしかたを伝えたところ、支配者層を中心に大流行しました。
 カカオはスペインからフランスやイギリスに伝わり、温めたり、砂糖を加えて甘くしシナモンなど旧大陸の香辛料を添加したり、泡立てるのに「モリニージョ」という撹拌棒を工夫するなど、独自の変化を遂げます。

 19世紀にはカカオに関して4つの大きな発明がなされます。
 最初の発明は、オランダで編み出されたカカオマス(焙煎したカカオをすり潰したもの)からカカオバター(カカオの脂肪分)を分離する方法。これにより、よりあっさりしたココアが生産されるようになり、次の発明につながっていきます。
 2つ目の発明はイギリスで、カカオマスにカカオバターを添加して固形のチョコレートをつくることに成功。3つ目はスイスで、粉ミルクを混ぜることでミルクチョコレートを製造する方法が見つかります。19世紀終盤には、チョコレート製造の際にカカオバターを均一にいきわたらせるコンチング法がスイスで確立されます。これにより、滑らかな口どけが可能になったのです。
 鈴木准教授は、発明で生まれた固形のカカオ菓子を「チョコレート」、カカオの飲み物を「チョコラテ」として、現代のチョコ文化を説明します。


▲チョコラテとチョコレート。スペルは同じ

 現代のラテンアメリカでは今も、チョコラテを飲む習慣が続いています。コーヒーより好まれ、先住民族の間では、結納や、日本のお盆にあたる死者の日の供物には欠かせないものとされています。一方で、病害虫に弱く価格変動の大きなカカオ栽培において、今、あらたなトレンドが生まれていると、鈴木准教授は言います。
 それは発展途上国の作物を適正に継続的に取引して生産者の生活を安定させるフェアトレードの導入と、カカオ豆からチョコレートまでの製造工程を一貫して行う「Bean to bar」や「tree to bar」という特別でユニークなチョコレートの製品展開です。
 鈴木准教授は、「フェアトレードやスペシャリティなチョコレート製造という新たな試みは、カカオにとっての第5の発明といえます」と述べて、講義を締めくくりました。


▲司会の山森准教授
一覧を見る