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第3回IRI言語・文化研究フォーラム開催 坂本信幸氏が万葉集の魅力について記念講演
国際文化研究所(IRI)の第3回言語・文化研究フォーラムが2月16日、中宮キャンパスのICCで開かれた。午前9時からICCホールで開会式が行われた後、3教室に分かれ、教員25人が13件の研究発表をした。午後3時から再びICCホールで公開講座として記念講演があり、参加した市民や教職員ら約70人を前に、万葉集研究の富山県・高岡市万葉歴史館館長、奈良女子大学名誉教授の坂本信幸氏が昨年に続き、「万葉集の魅力」をテーマに話した。
▲万葉集の魅力について語る坂本信幸氏
坂本氏は今回、奈良時代初期の歌人、山部赤人(やまべのあかひと)が富士山を詠んだ次の短歌を取り上げた。
<田子の浦ゆ うち出でて見れば ま白にそ 富士の高嶺に雪は降りける>(現代語訳 田子の浦を通って うち出でてみると 真っ白に 富士の高嶺に 雪が降り積もっている)
この短歌の前に置かれた長歌は、<天地(あめつち)の 分かれし時ゆ 神(かむ)さびて 高く貴(たふと)き 駿河なる 富士の高嶺(たかね)を 天(あま)の原 振り放(さ)けみれば 渡る日の 影も隠(かく)らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 富士の 高嶺は>(現代語訳 天と地が 別れた時から 神々しくて 高く貴い 駿河の国の 富士の高嶺を 天空はるかに 振り仰いで見ると 空を渡る太陽の 姿も隠れ 照る月の 光も見えない 白雲も 進みかね 時ならず 雪は降っている 語り伝え 言い継いでゆこう この富士の高嶺は)。
坂本氏は、短歌は2句ずつ詠むのが常道として、実際に音読して聴衆に聞かせたうえで、<田子の浦ゆ>の「ゆ」について、起点を表す「から」と経過点を表す「通って」の2つの意味があるとし、田子の浦で実地調査した研究者の見解を引いて、この場合は、経過点ととらえるのが正しいと解説した。さらに、長歌の最後の<富士の高嶺は>は、倒置法が用いられ、富士山の雄大さが強調されている、などと述べた。
▲公開講座として開かれた第3回IRI言語・文化研究フォーラム記念講演
そのうえで、この歌を解釈した歌人や研究者ら7人の著作を引いて批評を加えた。歌人の島木赤彦が『万葉集の鑑賞及び其批評』の中で「何等の奇なき所が、この歌の大柄にして富士の大きな姿を現し得ている所以である」として、奇をてらわず、見たままをそのまま詠んだことが優れているなどと評したことに対し、「中身を論評せず、単なる印象を述べているにすぎない」と批判した。
同じく歌人・国文学者の窪田空穂が『萬葉集評釈第二巻』で「初めての経験として富士山に接して・・・その平生の文芸性を全く失ってしまひ」などとし、先に短歌を作り、後で長歌をつけ加えたととらえ、結果として「含蓄の多いものとなった」としているのを、「短歌が先で、長歌が後というのは誤り。含蓄がどこにあるのかも言っていない」との見解を示した。
こうした評価を踏まえ、坂本氏は「赤人の歌は、単に自然をそのまま詠んだのではなく、古来からの<国見歌>(くにみうた=山に登り自らの国を見てほめたたえる歌)の形式をとり工夫した」と説明。富士山が見えない空間を設定したうえで、「うち出でて見れば」や、本来は人の死を悼む「挽歌」に用いられ、特別な思いを込めた「振り放け見る」といった表現を使い、富士の偉大さをうたったと指摘した。
坂本氏は、文芸評論家の小林秀雄が『美を求める心』の中でこの短歌について「諸君に美しいと思わせるものは、この歌の文字通りの意味ではないでしょう・・・(赤人は)言い表しがたい感動を、絵かきが色を、音楽家が音を使うのと同じ意味合いで、言葉を使って現そうと工夫」したなどと分析している点を、慧眼であると賛同するとともに、「この歌はすばらしい歌です」と結んだ。
25人が13件の研究発表
研究発表のテーマと発表者は次の通り。
<第1室>
◇小学校英語でアルファベットの文字認識を促進させるための教材・評価方法の研究開発=原めぐみ・短期大学部講師、松宮新吾・英語キャリア学部教授
◇日本人英語学習者への文法構文の指導について=岡田伸夫・英語キャリア学部教授、伊東治己・学国語学部教授、新里眞男・外国語学部教授、村上裕美・短期大学部准教授、Daniel T.Ball ・外国語学部講師
◇ICT活用型反転授業の学修効果の検証=豊田順子・短期大学部准教授、村上明子・英語キャリア学部教授
◇Correlation between Transitivity and the Action-Sentence Compatibility: Evidence Found in Japanese Donatory Verbs=香西壮一・外国語学部准教授、Francis Lindsey,Jr. ・外国語学部教授、Markane Sipraseuth・外国語学部講師
<第2室>
◇多言語社会におけるコード・スイッチングの機能と役割―映画 Vicky Cristina Barcelona(2008)を―例として=武藤輝昭・外国語学部講師、岡田広一・短期大学部准教授
◇メタファーの認知語用論的操作のメカニズム:「不安・恐れのシナリオ」を題材として=後藤リサ・英語国際学部講師
◇慣用表現習得に関する先行研究について=日木くるみ・英語国際学部教授
◇モダリティと動機づけをめぐって=長友俊一郎・英語国際学部准教授
◇モダリティの透明化をめぐって―疑似法助動詞have toを中心として=澤田治美・外国語学部教授
<第3室>
◇「軍神の妻」の神格化と忘却―乃木静子とメディア=片山慶隆・英語国際学部准教授
◇国際的な感覚を育むために、初等教育では何が求められるか Ⅲ―小学校教員コース第1期生の学修=角野茂樹・英語キャリア学部教授、森田健宏・英語キャリア学部准教授、小寺正一・英語キャリア学部教授
◇モジュール型教材の可能性:中級日本語会話教科書の開発=髙屋敷真人・外国語学部准教授、宮内俊慈・外国語学部教授
◇話者の視点に立った「やりもらい表現」の教授法:「感謝」を表す「くれる」と「依頼」を表す「もらう」=鹿浦佳子・外国語学部教授