
こんにちは、Take Action!編集部です。本日は現代国際政治史の専門であるマーク・コーガン先生にご登場いただきます。大学卒業後、ジャーナリストや国連職員として活躍されていたコーガン先生。どのように国際的な視点を身に付け、これまでのキャリアを築いてきたのか。ご自身の経験を振り返りながら、語っていただきました。
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その旅は、父と過ごした時間から始まった
はじめまして。マーク・コーガンです。担当は現代国際政治史で、なかでも平和・紛争研究、人権、開発を専門領域としています。関西外大で教鞭を執る前は政治やジャーナリズムの現場に身を置いたり、国連職員として働いていました。
皆さんには、私が今までのキャリアを通じて学んだことを共有することで、多様な視点や機会にオープンであることの重要性やキャリアの広げ方についてお伝えできればと思います。
私の国際関係への興味は、幼い頃、父の影響から始まりました。彼は決して完璧な人間ではありませんでしたが、私の知的好奇心と学びへの情熱をかき立ててくれ、人生に大きな影響を与えてくれました。特に、歴史が大好きだった父が10歳の私に紹介してくれたのが、アーサー・シュレジンジャーの歴史百科でした。シュレジンジャーはジョン・F・ケネディと働いた経験を持つ、政治学において著名な方です。その本ではアメリカの外交政策やピッグス湾事件、キューバ危機などの冷戦時代のさまざまな事件が詳しく解説されており、私の幼い心に強い印象を残しました。
父の教育方法は変わったものでした。はじめに、シュレジンジャーの書籍をとにかくたくさん読むことを勧められ、その上で本に書かれた事実をあえて間違って言い換えるテストをしてきました。私がどれだけ深く本を読んでいたか、試していたのです。間違って語られた事実に同意してしまうと怒られましたが、しっかり本を読んだことの引き換えにはアイスクリームをご褒美としてもらうこともありました。
大学に進学してから国際関係に更に興味を深め、その複雑さとダイナミクスを理解するための重要な基盤を築きました。

大学卒業後、ケリー上院議員の下で働くことに
幼少期に抱いた興味は大学時代まで続き、政治システムへの興味へと移行しました。政治の仕組みについて幼い頃から学修していたからこそ、中央委員会や国家政党など複雑な政治機構などについて学びはじめても、比較的容易に進められたと記憶しています。そして、その興味がボランティア活動や政治キャンペーンへの参加へと導いてくれました。
卒業後、縁があって、後に大統領候補となるケリー上院議員の下で働く経験に恵まれました。そこで初めて理論ではなく実際の政治プロセスについて学びましたが、政敵より優位に立つための争いが繰り広げられるなど、理想からは程遠いアメリカ政治の現実を目の当たりにすることになったのです。しかしその経験は、政治理論と現実の政治の間に存在するギャップを理解し、分析能力と批判的思考を養うことに寄与しました。また、将来的には国際関係の専門家としてどのように貢献できるか、視野を広げることにも役立ちました。
ジャーナリズムの光と影
実は若い頃から政治だけではなく、ジャーナリストになることにも興味がありました。そのため、高校卒業後はすぐに大学に進学せず、小さな生活誌で執筆を行った経験もありましたが、実力が足りなかったので、当然ながらライターとして稼ぐことはできませんでした。
大学を卒業し、ケリー上院議員との仕事を経て、複雑かつ政策的な課題を捉えて分析する能力を身に付けることができました。その実力が認められ、その後、オレゴン州の小さな地域新聞『The Reporter』の編集者になることに繋がりました。そこで私は地域社会の問題に焦点を当て、政治と政策への深い理解のもと、報道しました。ここでの実績が『The Reporter』を有名な週刊新聞のひとつに押し上げ、多くの賞を受賞させることになったのです。
私は幼い頃から一つの話題に積極的に、深く入り込み、その真実を解き明かそうとする性格の持ち主です。そのように掘り下げはじめたとある報道が、私のその後の価値観、人生観を大きく変えることにつながりました。それは、長く隠蔽されてきたある地方役人の不正を、白日の下に晒す記事を書いたときのこと。その役人の不正は他の新聞社にも知られていたのですが、出版するとコミュニティ中に波紋が広がってしまうことを懸念し、公開していなかったのです。しかし、若くて大胆だった私は「これは公開するべきだ」と真実を明らかにしました。その報道の結果、街に大きな衝撃が走りました。そして、当事者や家族の人生に大きな影響を与えてしまったのです。
この事実について、本当に報道をするべきだったのか。倫理的には“Yes”ですが、記事が本人や家族に与えた影響を考えると、今では自信を持って“No”と答えます。
この出来事を経て、ジャーナリズム、そしてこの小さな街の枠を超えて、自分が果たすべき役割を考えなければいけないことに気付きました。この経験は、私にジャーナリズムの力と、情報を通じて公衆に影響を与える責任の重さを教えてくれました。

各国での支援現場で感じた、国連の存在意義
国連での私のキャリアは、偶然から始まりました。『The Reporter』から離れた後は大学院に通っていたのですが、その間に国連のリクルーターによる声がけがありました。当初は大学院卒業後の進路についてあまり考えておらず消極的でしたが、面接がうまくいき、数週間のうちには仕事のオファーをいただき、これが新たな冒険の始まりとなりました。
国連開発計画(UNDP)で4年間働く中で、カブールやハノイ、プノンペンなど、さまざまな地域での勤務経験を積みました。また、エチオピア、エリトリア、南スーダン、レソトでのコンサルタント業務も経験し、国連プロジェクトサービス(UNOPS)への転籍もありました。アジアやアフリカで暮らして働く、初めての体験となったのです。
特に印象的だったのは、レソトでの介入でした。クーデター未遂により不安定化した国の秩序を回復し、公正で透明な選挙プロセスを確保するために、コミュニケーションスペシャリストとして支援を行いました。国民と選挙管理委員の間に信頼関係がない中で、どのように情報発信を行い、信頼を回復するべきか。8カ月にわたり、選挙管理委員に働きかけながら情報公開におけるアドバイスをし、数百万人の市民と誠実かつ着実なコミュニケーションを重ねました。その結果、平和な選挙を行うことができ、政権移譲につながりました。その場では、アメリカ人としてではなく、無国籍なコミュニケーションスペシャリストとして、人間として、自分が持つ最大限の力を発揮しました。
国連の存在意義については、しばしば誤解があります。「国連って、何をしているの?」「なんで国連があの国にいるのに、何も起きていないの?」と学生からよく聞かれます。しかし、質問は逆で、「国連が存在しなかったらどうなるか?」と考えるべきです。国連は単体で存在するのではなく、多くの組織が協力して運営されており、その行動は多くの場合、目に見えない形で影響を与えています。国連がもしなかったら、正常に運営されない国や地域の仕組みや働きがたくさんあるのです。だからこそ、国際社会におけるその役割は極めて重要です。あらゆる場所で、国連は活動し、世界の発展に寄与しています。学生の皆さんにも、ぜひそれを知ってもらいたいです。
多様化する社会で生き抜くための2つのアドバイス
時代は多様化しています。ましてや、皆さんが国際社会で活躍することを望むのであれば、なおさらです。そんな社会のなかで自分を見失うことなく、自分らしいキャリアを築いていくために必要なことを、私の経験をもとに2つお伝えします。
1.多様な考え方にオープンであること
私は小さな町の出身で、そこに住んでいるのは白人のアメリカ人がほとんど。価値観や宗教の多様性は稀でした。そして、似たような考え方、暮らし方をしている人たちに囲まれていることに安心を覚えていた人がほとんどだと思います。しかし、現代社会は多様さが増していて、新しいアイデアや異なる視点、文化にさらされるほど、人としての幅は広がると信じています。
実は最近、タイ人の学生に英語を教えているのですが、その子たちにはタイではきっと学ぶことができない内容をあえて教えるようにしています。たとえば、1950年代に書かれたアラン・ギンズバーグの詩のなかで、精神病で亡くなった母親を詠んだものがあります。3年かけて書かれたこの詩には多くの隠された意味があり、学生と一緒に解説することで本人の心境に迫っていきます。また、D. H・ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』という小説は、出版時は女性のセクシュアリティにまつわる会話がタブーだったため、発禁処分になっていました。しかし、時間が経つにつれ価値観が変わったからこそ、今はみんなで手にとって読むことができています。
このように、自分が触れたことのない価値観や考え方を提示されたときに、その経験を最大限に生かせるのか。人種や宗教、意見の差異を超えて新しいアイデアを吸収するオープンさがあるほど、私たち自身が強くなると信じています。
2.何かに興味を持ち、貫くこと
実は私が18歳だったとき、牧師になりたいと考えていました。しかし、実際にはライターになり、国連職員になり、現在は大学の教壇に立っています。若い頃の自分は今の自分を予想するのは不可能ですし、今の自分が取り組んでいることに興味すら持たなかったかもしれません。しかし、最も重要なことは何かに興味を持ち、それをしっかりと貫くことです。大学はまさに、それができる場所ですが、ただ大学に所属し授業に通うのではなく、自分の心に深く響くものを見つけ、それをひたすら追求することが大切です。目の前に置かれた機会をしっかり生かして、全力で尽くしてください。そうでないと、いずれ後悔すると思います。ただし、自分が成長するにつれ、興味関心が変わるという認識はもった上で人生を歩んでいった方がいいですよ。
関西外大なら多様性に触れられる
ここ関西外大は世界の多様性を体験できる素晴らしい場所です。留学生との交流や授業を通じて、さまざまな文化や価値観に触れることができます。特に学生は新しい概念に触れることが多いので、なるべくその学生にとってわかりやすい前例をもとに解説するように努力しています。ただし、私も人間なので、完璧ではありません。授業中にでも、常に学生のフィードバックをもらいながら、授業をよりよくしようという努力を重ねています。
関西外大での学びが、国際的な視野を養い、世界のさまざまな課題、問題の理解者として、またそれらへのアクティブな参加者として、皆さんがその役割を果たすためのトレーニングの場となることを願っています。ただし、先ほどの通り、ここで提供されている学びや機会を生かせるかは学生一人ひとり次第です。ここに来たからって、自動的に多様性へのオープンさ、国際的なマインドセットが身に付くわけではありません。意思を持って、学びたいことを全力で学ぶ。その経験が、皆さんの夢や目標を実現するための道標となることを期待しています。