創立70周年記念 IRI言語・文化コロキアム 3人の専門家が文字の働きを語る

 国際文化研究所主催の創立70周年記念第2IRI言語・文化コロキアムが19日、「言語と文化を豊かにする文字の働き」をテーマに中宮キャンパス・多目的ルームで開かれた。インドやアジアの漢字文化圏で、文字が文化をどう導いてきたか、3人の専門家が発表し、パネルディスカッションも行われた。本学教員ら約30人が参加し、熱心に聞き入った。

▲ 漢字の訓読などについて興味深い発表のあった言語・文化コロキアム
 

 発表者(パネリスト)は本学の中谷英明・外国語学部教授▽金文京・鶴見大学教授▽沖森卓也・立教大学教授。まず、中谷教授が「インドの口頭伝承と文字」、金教授が「東アジア漢文訓読とその背景」、沖森教授が「日本語表記の黎明―文化の観点から―」をテーマに、約1時間ずつわかりやすく自説を発表した。続いて、パネルディスカッションがあり、最近はやりの「きらきらネーム」などについても意見を戦わせた。終了後は別室に会場を移し、研究交流会が行われた。

▲ 発表後に行われたパネルディスカッション

 

 中谷教授は紀元前26002000年に栄えたインダス文明からバラモン教の成立、リグ・ヴェーダの口頭伝承について、時代を追って話を展開。文字でなく口頭で情報が伝承されたインドでは、計算の手順を意味するアルゴリズムが情報圧縮という点で重視された。高温多湿の土地柄から、文書で残しても200300年で朽ち果て、書き直しは間違いのもと。口頭伝承は写本よりもはるかに信頼性があり、インドでは4000年近くの間、極めて正確な口頭による伝承が行われたなどと説明した。

 時代が下り、ブッダの出現によって仏教が誕生。その後、中国、日本へ伝わった密教も口頭伝承だ。インドの文字は紀元前3世紀ごろ、アショーカ王の治世に成立した。この文字は胎蔵界曼荼羅で仏像をイメージするために用いられていることなどを、画像で紹介した。

▲ インドの口頭伝承を中心に話を進めた中谷英明・外国語学部教授

 

 続いて、金教授はまず東アジア文化圏について、「仏教、儒教、道教などの宗教で括るのは難しい。そこで、中国から朝鮮半島、日本、ベトナムなどに伝わった文字を仲立ちとした漢字文化圏という言葉が使われるようになった」と前置き。言葉は違うのに、筆談でコミュニケーションできるのは、他に類を見ない文化圏だと指摘した。

 訓読は、「インドから仏教が伝わった際に、大量のインドの言葉を習うときに中国で使われた」と述べ、中国で経文にどの漢字をあてるか決めたことが、日本語の仮名のもとになったという説を紹介。訓読の起源はすべて仏典の漢訳、中国の書写習慣にあると指摘した。

 また、仏教には宗教だけでなく政治的、文化的な意味があり、日本では中国から学ぶことも多いが、力関係からして独立が脅かされるおそれもあった。そこで、インドを利用し、その権威を借りたと指摘。日本の民を救うために仏が現れたとする本地垂迹説である。同じ漢字を使いながら世界観が違うのは、中国、朝鮮半島、日本に独自の訓読による言語観があり、それぞれの世界観、国家観が生まれた。そこにはさまざまな世界観の矛盾・対立があったとし、金教授は「東アジアの地域間対立は、近代になって初めて出現したのではない。仏教伝来の際にも、地域ごとに中国への対抗策が生まれている。その当時からのものだ」と語った。

▲ 金文京・鶴見大学教授は漢字文化圏内部の地域的な矛盾・対立にもふれた

 

 沖森教授は、漢字の伝来、受容、訓などについて、読みに漢字をあてた万葉集を中心に話を進めた。日本への漢字伝来は、4世紀末から5世紀初頭とし、朝鮮半島の百済では4世紀に漢字の使用が始まったとする記録があることを紹介した。5世紀の「稲荷山古墳鉄剣銘」は漢文表記だが、日本固有語の読みで人名・地名が表音的に記されていることに着目。万葉集の「春楊 葛山 発雲 立座 妹念(巻十一・二四五三)」という歌は、「はるやなぎ かづらきやまに たつくもの たちてもゐても いもをしぞおもふ」と読ませており、7世紀初めには助詞も助動詞も省略し、漢字を2文字ずつ並べた歌も見かけると指摘した。

 万葉集の歌の中には、英語のスペルで言うサイレントのように発音されない漢字表記も少なからずあったという。これは、意味の一部を視覚的に示すもので、該当する字は▽色や形状、季節などの属性▽上位・下位の概念▽様態の表現――などに分類されると説明した。そして、草書体の万葉仮名として草仮名が用いられるようになる。日本語をその音通りに書き進めるために編み出された書体で、これがさらに簡略化されて平仮名が生まれ、文字体系として漢字と決別。物語や日記、説話などの王朝文学が花開くことになる--という道筋を語った。

▲ 万葉集の歌を中心に平仮名などの成立について語った沖森卓也・立教大学教授

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